生体内の化学反応は酵素によって非常に高効率に触媒されている。中でも多段階の強い酸化還元反応に関わる多核金属酵素は、有用な触媒として現在非常に注目されている。しかしながら実験的手法では解明しきれていないのが現状である。また量子化学研究としても系が大きく、電子状態が複雑であるため非常に取り扱いにくい。本研究ではまず初めに高精度量子化学計算で多核金属中心の電子状態を解明することから始めた。ニトロゲナーゼは窒素をアンモニアに還元する酵素であり、活性中心や電子伝達部位(P-cluster)は特徴的な多核鉄硫黄クラスターで構成されている。前年度はP-clusterの無機化学的モデルクラスターの電荷状態、スピン構造を解析した。実験結果と直接比較する事が可能となったので、本年度は実際(native)のP-clusterに適用した。その結果、電荷状態がモデル錯体と非常に似ていることが始めて解明された。しかしながらスピン状態、分子構造についての未確定要素が多く、今後慎重に議論していく必要があることも分かった。これらの方法はbroken-symmetry(BS)レベルの計算であり、複雑な電子状態(混合原子価状態)は記述できない。そこで一般化スピン軌道法(GSO)に基づく第一原理計算を実行し、より小さな[3Fe-4S]クラスターでnon-collinear(NC)状態の電子状態を求めた。その結果BS状態よりもNC状態がエネルギー的に安定であることが示せた。活性中心だけでなくタンパク質環境を考察することが重要であるため、米国スクリプス研究所のD.A.Case教授の研究室に留学した。ここで分子動力学法(MD)について研究を行った。3ヶ月の比較的短い期間であったが、Amberの計算方法を1から学び、HiPIP([4Fe-4S」クラスター)におけるMDを実行することで、酸化還元電位やタンパク質の構造ゆらぎについて研究を進めた
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