最終年度であるこの平成20年度の研究は、東京大学人文社会系研究科哲学専修・松永澄夫教授のもとで引き続き遂行された。その内実の大部分は、博士論文というかたちでアウトプットされた。平成21年2月に京都大学文学研究科の杉村靖彦准教授を主査として博士論文の試問が行われ、その結果、同3月に博士号が授与された。 博士論文の内容にかんして言えば、それは最終的には、平成17〜18年度当時に想定されていた計画に比して、50年ほどにわたるリクール思想の展開におけるより後期のほうの時期の思想へも、よりいっそう幅を広げたかたちのものとなった。そのことによって、リクール哲学の各時期の諸テクストにおいて、ときおり出現していながら、主題的に扱われるのは後期の著作、とりわけ『記憶、歴史、忘却La memoire l'histoire l'oubli』(2000年)のみにほぼかぎられてくるような概念、すなわち「表象representation」の概念が、リクール解釈学のさらなる幅広さ・奥行きの深さを表現するものとして見出され、詳しく考察されることとなったのであった。 おそらく、リクール哲学における「表象」という概念の意義を本格的に論じたのは、日本語圏のみならず、仏・英・独各国語圏における研究のなかで、当博士論文が最初のものであるように見受けられる。 付言すれば、この「表象」を中心軸とするアプローチによる研究の最初のまとまった形は先年度末の口頭発表「《Representance》のエピステモロジー--リクール『記憶、歴史、忘却』と歴史認識の問題」(フランス哲学セミナー、於・東京大学文学部、2008年2月16日)であったが、その後約1年間の研究によって、この口頭発表の段階での研究内容から大幅に考察は哲学的に深められ、詳細となった。
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