1、昭和10年代の新聞・雑誌の調査・分析に関しては、同時代の総合雑誌、文芸雑誌を中心としてコーパスを定めて通覧し、太宰治の翻案小説やその形成・受容に関わると思しき記事は収集し、国内外の動向や他領域のトピックとあわせて分析・意味づけを行った。 2、昭和10年代の文学ジャンル編成や翻訳(理論)に関する研究としては、昭和10年前後の「リアリズム」という標語をめぐる言表のすれ違いとその議論を分析し、昭和10年代の文学シーンが昭和十年前後に方向づけられたことを明らかにし、論文にまとめた。さらに1939(昭和14)年のトピックであった「素材派・芸術派論争」を分析し、文学シーンの基底を考察した。さらに、戦後発表の武田泰淳「ひかりごけ」をモデルとして、翻訳という機制の理論的な検討を、小説本文の読解に即しながら試み、論文にまとめた。 3、太宰治の翻案小説に関しては、3作品それぞれに進展をみた。(1)「女の決闘」は基礎的検討から作品解釈まで研究を進めた。また、典拠「女の決闘」の訳者森鴎外について、昭和10年代の位相を検証して論文化した。(2)「走れメロス」に関しては、典拠とされたシラーならびにドイツ文学の昭和15年前後の受容を中心に調査を進め、あわせて、映画『オリンピア』とその波紋についでも文献の調査・収集を行った。(3)『新ハムレツト』に関しては、先行研究を手掛かりに、明治期からの翻訳・翻案・上演の歴史をまとめた。 4、太宰治全般に関しても、中心的な研究課題を挟み込むかたちで、「狂言の神」・「冬の花火」・『斜陽』の分析を進め、論文化した。それぞれ、昭和10年代の太宰治の翻案小説の研究に、同時代の文脈や小説の方法論を介して密接に関わってくる。
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