本研究は、北フランスのカンブレー大聖堂の聖歌隊を素材として、中世・ルネサンス時代における音楽家の社会的身分とその組織構造の解明を目指すものである。 本年度は、これまで一定の成果がある聖歌隊の主要な構成員ではなく、その周辺にいた者たち、ないしは制度的な環境について重点的に調査し、その成果を公表した。 具体的にはまず、平成18年11月に東京大学にて開催された財団法人史学会の大会で、「礼拝堂付き司祭」という下級聖職者身分について口頭報告を行ない、本来「私的聖務」をその存在理由とするこの身分が、教会制度の一部として変容してゆく過程を示した。ついで、12月には聖歌隊の財政基盤についての論じた文章を、『円卓』と題する論文集の一編として出版した。そこでは、従来の研究者が豊潤とみなしていたこの聖歌隊の財政は、じつは15世紀中葉より漸進的に増大したものに過ぎなく、またその過程には様々な制度的な障害が横たわっており、教会当局による音楽保護は必ずしも順風満帆に進んだ訳ではないことを指摘した。 以上の研究成果は主として前述のカンブレー大聖堂を対象したものだが、他の教会との比較検討の必要は当然存在する。そこで、平成19年1月から2.月にかけては渡仏し、パリ、リール、カンブレー、アラス、アミアン、ランス、シャロン=アン=シャンパーニュ、ルアン、エクス=アン=プロヴァンスなどの図書館・文書館にて、資料調査を行なった。
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