本研究は、北フランスのカンブレー大聖堂の聖歌隊を素材として取り上げ、音楽史上「ルネサンス」期と称される15、16世紀の西欧世界における、音楽家の社会的身分その組織のあり方の解明を目的とするものである。 昨年度、私は特別研究員奨励費を使用して、上記の教会関連の史料が保存されているフランスのノール県立文書館ならびにカンブレー市立図書館の二つを中心として、10近い研究施設で史料調査を行い、デジタル・カメラで3万点に及ぶ史料を撮影した。よって本年度は、研究成果の公表を急ぐのではなく、その分析に集中した。 分析は、従来より行っている『カンブレー大聖堂参事会審議録』の1520年代以降と、下級聖職者への施しにかかわる「厚生職」と、教会の物品にかかわる「教会財産管理職」の会計文書を中心に進めた。その結果、15世紀後半に形成された聖歌隊組織が16世紀半ばまで大きな変更もなく存続していたことが明かになった。また聖歌隊関連の史料から得られた音楽家の伝記的情報を補強することができた。そして、他の、教会関連の史料-とりわけ教会組織についての内規-を分析することで、この教会の事例の一般性と特殊性について、ある程度の評価が可能になった。 次年度は、これらの分析結果を綜合し、「代理職」「参事会員」「少年聖歌隊」という3つの主要な聖歌隊組織について一定の見解を提示したいと考えている。そしてひいては、カンブレー以外の地域や組織の聖歌隊と比較しつつ、「中世・ルネサンスにおける音楽家の身分と組織」という当研究課題にもひとつの答えを示したい。
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