研究概要 |
近年,組織や社会,さらに人間が設計し操作する人工システムにおいてさえも,それを取り巻く環境は大規模・複雑化し,構造自体も複雑多様化している.この状況下で目的を実現するシステムを設計するためには,複雑系研究の基本原理である創発的手法に根ざした共創的意思決定の方法論に基づくアプローチを確立することが有効であると本研究では考えている.さらに本研究は,実世界のエージェントの合理性には限界がある点に着目し,限定合理性を導入した人工システムの共創的意思決定の方法論を構築・検証することを目指している. 限定合理性は主に経済学・認知心理学分野において分析的に議論・モデル化されているが,本年度の研究において,この性質を工学的エージェントモデルと関連づけて論じ,分析のみでは導出され得ない限定合理性のモデルを創出し,従来の議論を体系化した.この成果は,経済学・認知心理学分野の限定合理性研究に対する貢献といえる.また工学的には,限定合理性はエージェントのもつ情報の不完全性や能力の限界として捉えられてきたが,本研究は,その捉え方では制約条件下での「最適化」という従来の工学の枠組みを逸し得ないと指摘し,モデル化を通して,"動機の不完全性"という限定合理性の側面を明らかにした. さらにその性質が,システム全体として観れば性能向上に寄与することを,汎用的モデルであるアリの群れの餌集め行動シミュレーションと,複雑な人工システムの典型である生産システムのシミュレーションの2つによって示した.また,トップダウン的なルールや情報を与えることなく,合理的エージェントと限定合理的エージェントとの間に役割分担が創発し,限定合理的エージェントには利他性が創発しているという結果が得られた.これにより,工学が暗黙の前提としてきた合理性・最適性を緩和するというアプローチの新たな可能性の示唆を得た.
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