S期内のいつ複製するかというゲノム複製タイミングは複製起点やクロマチンの活性化状態に関運し、細胞特異的にクロマチン構造が変化する発生・分化にも関与する。しかし、その分子機構の大部分は不明であり、その解明は、発生や分化などの高次機能におけるDNA複製の役割を明らかにするためにも重要な課題である。本研究では、複製タイミング制御の分子機構の解明を目指し、サイトカイン遺伝子群を含むヒト5q23/31(3.5Mb)を解析した。まず、サイトカイン遺伝子を発現するヒトT細胞株及び発現しない非T細胞株の複製タイミングを比較した。その結果、S期初期及び後期複製領域は遺伝子発現に依存せず広範囲なゲノム領域で制御されること、後期から初期に変わる境界領域がサイトカイン遺伝子群から約1Mb上流の非コード領域に両細胞型で約200Kb離れて存在することを見出した。相同性検索から、SATB1(Special AT-rich sequence binding protein 1)結合類似配列を含むLINE1が、境界領域内及びその近傍に数ヵ所存在することが判明した。SATB1は核骨格結合タンパク質で、クロマチン構造や遺伝子発現を制御しT細胞分化や乳癌の転移に関与する。種々の細胞における解析から、境界領域においてSATB1発現が高いと後期複製になり、SATB1の発現レベルと複製タイミングに相関関係が認められた。さらに、SATB1未発現細胞株におけるSATB1の強制発現、あるいは、SATB1高発現株におけるSATB1の発現抑制により、SATB1の発現レベルに依存して境界領域の複製タイミングが初期-後期の間で大きく変動することが明らかとなった。以上の結果から、SATB1によるクロマチン構造変化あるいは核骨格領域の形成が、細胞特異的な複製タイミングの境界形成に関与することが強く示唆された。
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