研究概要 |
平成7年9月6日〜11月18日および平成8年8月21日〜10月25日に,日本人研究者延べ8人がネパール王国に赴き,ネパール人研究者らと共に,ネパールの主として熱帯,亜熱帯および暖温帯にて木本植物の調査を行い,樹皮ならびに木材資料約1,000点,さく葉標本約33,000点を蒐集し,さらに市場やチベット病院の調査で入手した生薬資料約200点と共に日本へ持ち帰った。資料のうち,樹皮ならびに成分化学的研究用の木材資料と生薬資料は金沢大学薬学部に,また組織学的研究に供用する木材資料は東北大学大学院理学研究科ならびに兵庫県立人と自然の博物館に保管され,今後の研究に利用される。またさく葉標本の基本セットは金沢大学薬学部に,また1セットが東京大学総合研究博物館に保管されるほか,若干数がネパールをも含めてそれぞれの隊員が所属する研究機関に保管される。 本研究の特徴は熱帯域で調査したことである。これまで,ネパールの熱帯域での植物調査はほとんど行われておらず,日本人研究者による調査も本調査が最初である。ネパールの熱帯域は多くは水田として利用されているために残された森林は少ないが,5ヵ所に厳しく管理された国立公園が設けられ,公園内では野生動植物が豊富に生息している。公園内では野生生物の採取は堅く禁止されているが,本調査研究では現地研究者の協力でDepartment of National Parks and Wild Life Conservation(国立公園野生生物保護局)から特別に調査採集許可証を得て調査することができた。2年間で調査した地域は,東ネパールのコシタップ野生生物保護区およびアルン川下流域,中部ネパールのパルサ野生生物保護区,西部ネパールのカリガンダキ流域およびドルパタン狩猟保護区周辺域,中西部ネパールのバルディア野生生物保護区,ならびに極西部ネパールのシュクラパンタ野生生物保護区であった。なお,残る王立チトワン国立公園は平成8年1月に別に調査したので,ネパール南部熱帯の国立公園のすべてを訪問調査したことになる。 以上の経緯から,本蒐集資料の価値は極めて高く,これらの地域からの押し葉標本はネパールの王立博物館にもわずかしかない。現在採集植物の種同定を行っているが,ネパール未記載の植物種がかなりある模様で,今後ネパールのフロラを完成させるに際しても貴重な資料となろう。 これまで,実験材料採取の困難から,樹皮に由来する生薬の基源解明研究(組織分類学的研究)や成分化学的な研究が遅れていたが,本研究で蒐集された試料に依り,飛躍的に進展するものと期待される。とくにアーユルヴェーダ薬物(インド薬物)の基源解明研究が進むものと期待される。とくにアーユルヴェーダ薬物(インド薬物)の基源解明研究が進むものと期待される。またその結果,それらの生薬を大量に利用した成分化学的研究も可能となろう。また,同時に採取した木材資料も,とくに熱帯域のものはこれまでほとんど蒐集されていなかったので貴重であり,木材構造のさらなる解明研究が期待される。 また,本研究では東部ネパールから極西部ネパールまで幅広く実験材料を蒐集したので,組織形態や含有化学成分の種内変異や地理的変異を解明するためにも貴重な資料である。 ネパールの熱帯域の国立公園内の自然は山岳地帯に比してよく保存されており,自然科学分野の学術調査地としても貴重であることが本研究により明らかとなった。植物学関連分野では,コシタップは河畔林の自然に依る破壊後の再生更新を調査するのに適し,バルディアは熱帯から亜熱帯域への移行を調査するのに適し,またシュクラパンタはShorea林の調査に適していると考えられる。また,隣接するパルサとチトワンは面積的に広く,総合的な調査が可能である。 本調査研究における熱帯域の野外調査時期は,事前の情報蒐集により,多くの樹木が花期あるいは果実期であるという10月〜11月に設定して行なったが,熱帯域のフロラを完成させるには今後草本植物をも含めて多くの植物種が花期である4〜7月期にも調査する必要がある。但しこの時期はネパールは雨季であり,またとくに西部ネパールでは40度を超える熱風が吹いて調査が困難であるという情報を得ており,早朝から数時間の調査しか行えない様子で,同じ成果を挙げるには他の時期よりも日数をかける必要があるものと考えられる。また,マラリア汚染地区でもあり,サソリや毒蛇も多く,これらの有害生物に対する十分な対策をも講じておく必要がある。
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