研究概要 |
パレスチナからトルコ東部を経てチグリス・ユ-フラティス川地域に至る肥沃な三日月地帯はコムギの起源地かつムギを生産基盤とした西欧文明の発祥地である。さらに,穏やかな地中海の内海水運と周辺の多様な生態学的生産環境に恵まれ,地中海周辺地域はムギ類の二次的多様化地域である。例えば,オオムギ,ライムギあるいはエンバクは拡大展開してゆくコムギ畑の雑草から起源した。一方,エンバクの野生種はアフリカ大陸北西にたくさん分布している。また,コムギに近縁なエギロプス属は野草や随伴雑草として当該調査地域にも分布を広げているので従来中近東から地中海東部の島々やあるいは東部沿岸地域で採集されたエギロプス属植物との比較で,これらの植物の種内あるいは種の分化のメカニズムを比較生態遺伝学的に検討できる。 世界の各地で生態環境が破壊されつつある。調査地域も砂漠化や都市化などの問題に直面し,なぜかコムギの多様な地域は昔から民族紛争が絶えない。そこで,今のうちにムギ類の遺伝資源の採集と評価が緊急の課題でもある。これに関しては世界一の伝統を誇るわが国の使命と考える。 一昨年モロッコとスペイン,昨年のエジプトとチュニジアに続き本年度は東欧西部と中欧を中心に調査した。5名を2隊に分け,機動的に調査した。東隊は東欧西部とオーストラリア・スイスを,西隊はドイツ南部とフランスを中心に調査した。有畜ムギ類農業の全体を観察しつつ,ムギ類とその雑草をつぶさに観察し種子採集した。とくに,古い普通系コムギであるスペルタコムギについて栽培状況と利用状況を聞き取り調査した。当初予想した以上にスペルタコムギが温存されていた。各地でかなりの種子が収集でき,膨大な写真や聞き取り調査による記録もできた。現在,本研究の近い将来の本格的報告書作成に向け,鋭意増殖と分析を日本で進めている。
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