ネパール南部のテライ地区で、東部と中部の病院において毒蛇咬症の疫学調査を行った。14カ所の病院を訪れ、最近1年間の咬症データを調べた。650件ほどが確認されたが、咬症の種類、場所、動機、症状などについては、不十分な記録しかなく、これらを把握するためには調査方法の変更が必要と考えられた。死亡例は13で2%であるが、過去の調査記録から考え、もっとあると思われる。季節は6月から8月の雨期がほとんどで、咬症を起こしているヘビの種類は、医師の話と標本の調査から判断して、インドコブラとインドアマガサヘビが主であり、山地森林に近いところではアオハブが加わる。インドに多いクサリヘビ咬症は確認できなかった。治療血清はインドから輸入されている混合血清が大量に使われており、1人の患者に対して10本以上、多い場合には30本を越え、政府から支給される数がわずかなため患者の負担が非常に大きくなっている。インドの混合血清は、コブラ、アマガサヘビ、インドクサリヘビ、エキスクサリヘビの4種に対するもので、クサリヘビ咬症の認められないネパールでは、その半分は無駄になっていることになる。病院に行かない人も少なくなく、町から離れると薬草や祈祷を使う治療師がいて、1人が年に10人から30人をみている。もう1つの特徴的な現象が、無毒蛇に咬まれて病院に行く人が多いことである。調査を進めるにつれ、無毒蛇咬症の多さが分かってきたが、病院によっては無毒蛇咬症が毒蛇咬症を上回る。咬症を引き起こすのは、昼行性で数も多く、わりと攻撃的なナンジャとソウカダの2種が主と考えられる。むろん病院で治療する必要はなく、このように住民が蛇に対して無知なのは、ネパールでは蛇を食物として利用することがない、テライ地区は比較的近年に開かれた地域で、古くからの住民は少ない、といった原因が考えられる。
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