研究概要 |
電子の偏極深非弾性散乱によって核子(陽子と中性子)のスピン構造を研究するのが,HERMES実験の目的である。DESY HERAの陽電子ビーム(28GeV)と偏極気体内部標的(^3He、H、D)を用いる。東工大グループは欧米の研究者と共に、レーザーとフレネルゾーンプレートを用いた飛跡検出器位置モニターシステムをHERMESのために開発した。HERMESは磁気スペクトルメータによって荷電粒子の運動量を決定するので、磁石の前後にある飛跡検出器の熱膨張による変位などを正確にモニターする必要がある。我々はフレネルゾーンプレートによる光学的干渉を利用し、50μmの精度で一年を通してモニターすることに成功した。ドイツで進行中の実験を東京でモニターできる、という点でも国際共同実験の新しい方向を示すものである。 HERMES実験は1995年に準備が完了し、データを取り始めた。既に、^3He標的から得られた中性子のスピン依存構造関数g^n_1が発表されている。 HERMES実験の最大の特長は、散乱した陽電子のみならず発生したハドロンを同時計測し、粒子識別できることである。ハドロンとは(J/4、π^<(〔SY+-〕),0>、Κ^<(〔SY+-〕),0>、φ、ρ、ω、Λ、D)である。これにより、陽電子散乱で仮想光子を吸収したクォークのフレーバー(香り)を特定できる。ストレンジ・クォークが核子スピンにどれだけ寄与しているか、は興味深い問題である。更に、J/4はcクォークとcクォークからなっているので、cc対に解離する前のグル-オンのスピン依存構造関数を測定することができる。グル-オンスピンの核子スピンへの寄与を現在解析している。これらの基本になる粒子識別装置(TRD、気体チェレンコフ、鉛ガラスカロリメータ、プレシャワー)の性能は1995-96年にすべて設計以上の能力を持っていることが確認された。 1996年には、発生したΛ粒子が偏極していることが、その弱崩壊Λ→p+π^-の測定によって発見された。偏極仮想光子からΛへ、偏極が移行する過程は理論的にも盛んに研究されている。ρ^0はベクトル中間子であるが、ρ^0のスピン偏極もρ→π^+π^-崩壊を使って測定することに成功した。 このようにHERMES実験は偏極深非弾性散乱におけるハドロン粒子識別という方法によって量子色力学(QCD)の新しい研究の場をつくった。 HERMES実験の更なる展開として、測定器類の最下流にミューオン検出器をつけ加えること、および現在の気体チェレンコフカウンタをエアロジェルのRICHに代えることが検討されており、その技術的な問題と、得られる物理について詳細に調査した。その結果、これらから得られるデータが極めて有用であることがわかり、1997年から実際に製作・搬入されることとなった。 一方日本国内では高エネルギー物理学研究所と東大核研から作られる素粒子・原子核研究所において大型ハドロン計画が進められているが、この計画において偏極深非弾性散乱実験を行なうことを日・欧・米の研究者が検討した。高エネルギー研の電子ビームを利用して電子+陽子(9GeV+40GeV)衝突型実験を行なうのがその案である。40GeV陽子によって作られたミューオンビームを使う可能性も検討した。この分野の研究者を新たに育成するため、Povhら著の教科書「素粒子・原子核物理入門」を柴田が翻訳出版した。
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