研究概要 |
化石燃料の多量消費や熱帯林の伐採など近年の人間活動の増大により,大気中のCO_2濃度は上昇をつづけている.現在は350μl/lに達しており,100年後には2倍の700μl/lに達すると予想されている.現在の大気中CO_2濃度はC_3植物の光合成の律速要因になっているので,CO_2上昇によって多くの植物の光合成速度は増加する.植物は大気中CO_2濃度に対してネガティブにフィードバックするが,生態系全体では微生物による有機物の分解をともない,分解速度は温度上昇により加速されるので陸域生態系がCO_2のシンクかソースかについてはいまだに決着はついていない. 植物群落の生産は個葉光合成と展開した葉面積の積である.したがって,CO_2上昇は直接,個葉光合成を増加させるだけでなく,間接的に葉面積を増加させることによっても群落生産を増加させる.葉面積が増加すれば,群落下層に到達する光フラックスは減少し,多種共存系としての植物群集の多様性が変化することも予想されている.そこで,空気中CO_2濃度を350あるいは700μl/lに制御した実験温室内に2種の1年草Abutilon theophrastiとAmbrosia artemisiifoliaの純群落,混合群落を育成し,CO_2上昇が葉面積の展開と群落光合成に及ぼす影響を調べた. Abutilonは茎の高い位置に葉を展開し,他方,Ambrosiaは比較的低い位置に展開したが,CO_2上昇はこの葉面積の分布に実質的影響を与えず,全葉面積指数にも有意な増加をもたらさなかった.したがって,植物あたりに吸収した光量にも有意差はなかった.混合群落では下層に葉を展開するAmbrosiaの光吸収は有意に減少した.CO_2上昇により地上部乾物生産量は増加したが,植物が吸収した窒素量に有意差はなかった. CO_2上昇が乾物生産に与える影響を植物の成長解析により評価した.CO_2上昇により,地上部成長速度は,純群落・混合群落のすべての植物において増加した.平均の葉面積に有意な差はなかったので,この成長速度の増加は純同化速度の増加に帰することができる.純群落・混合群落をとおして平均すると,CO_2上昇は純同化速度をAbutilonで35%,Ambrosiaで38%増加させた.葉面積あたりの葉窒素は2種間で有意差はあるものの,CO_2上昇による有意差はなかった.成長速度を葉窒素濃度で除すと葉窒素あたりの成長速度すなわち(光合成)窒素利用効率が得られる.純群落・混合群落をとおして平均すると,CO_2上昇は窒素利用効率はAbutilonで37%,Ambrosiaで60%増加させた. さきに述べたように,群落生産は個葉光合成と葉面積の積である.今回の実験ではCO_2上昇により群落生産は30-40%増加したが,これはもっぱら個葉光合成の増加に帰せられ,葉面積の増加を介したものではなかった.これまでの研究により,葉面積の展開は植物に利用可能な窒素量によって制御されていることが示されている。そこで,新しい仮説「CO_2上昇による葉面積指数の増加は,同時に根からの窒素吸収が増加した場合にのみ起こる」をたてる.この仮説が正しければ,CO_2上昇により植物が利用できる窒素量が増加しなければ,たとえ光合成速度が増加しても,葉面積の増加は見られないことになる.この仮説は,AbutilonとAmbrosiaのそれぞれの純群落と混合群落の葉面積指数を植物体地上部窒素量に対してプロットしたとき,2つのCO_2濃度条件の間に有意差が見られなかったことにより支持された. 2つのCO_2濃度のもとで育成した植物について,それぞれのCO_2濃度のもとで個葉の光合成能力・呼吸速度を測定した.また,葉の窒素含量とクロロフィル量を測定することにより,個葉光合成をモデル化した.一方,群落内の光フラックス分布・葉窒素濃度分布を測定し,これらを組み合わせることにより,2種の純群落・混合群落の日群落光合成を計算した.CO_2上昇により群落光合成は30-50%増加することが示され,さきの群落の成長速度で見られた結果に一致した.与えられた窒素量に対して,これを群落内に最適に分配したときの最適葉面積指数を計算した.最適葉面積指数は利用可能な窒素量に比例して増加するが,CO_2上昇による増加は見られなかった.これはさきの仮説を支持するものである.
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