筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態整理と治療法開発に関する研究

1996 年度 研究成果報告書概要

• 研究課題/領域番号: 07044252
• 研究種目: 国際学術研究
• 配分区分: 補助金
• 応募区分: 共同研究
• 研究機関: 京都大学
• 研究代表者: 木村 淳 京都大学, 医学研究科, 教授 (10204976)
• 研究分担者: GRAFE Peter ミュンヘン大学, 生理学研究所, 教授 ; BOSTOCK Hugh ロンドン大学, 神経研究所, 教授 ; QUASTHOFF St ミュンヘン工科大学, 医学部, 講師 ; CORNBLATH Da ジョンズホプキンス大学, 医学部, 教授 ; ENGLAND John ルイジアナ州立大学, 医学部, 準教授 ; SUMNER Austi ルイジアナ州立大学, 医学部, 主任教授 ; ROWLAND Lewi コロンビア大学, 医学部, 主任教授 ; MURRAY Nicho 国立神経病院, 部長 ; DAUBE Jasper メイヨークリニック, 部長 ; EISEN Andrew ブリティシュコロンビア大学, 医学部, 教授 ; 幸原 伸夫 京都大学, 医学研究科, 助手 (20252439) ; 梶 龍兒 京都大学, 医学研究科, 講師 (00214304) ; 秋口 一郎 京都大学, 医学研究科, 助教授 (30115779)
• 研究期間 (年度): 1995 – 1996
• キーワード: ALS / TE法 / 大脳磁気刺激法 / PSTH / fasciculation / K^+チャネル / Multifocal Motor Neuropathy / グルタミン酸

研究概要

神経疾患のうちでも代表的な"難病"である筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態解明と治療法開発のため国籍を越えた共同研究体制を確立し、前回の国際学術研究"筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態生理に関する多面的研究"(平成5〜6年度、研究代表者 木村 準)により得られた知見をさらに発展させた。特にALSに特徴的なfasciculationが初期には大脳磁気刺激で誘発されるなどの新知見は本症の発症にグルタミン酸などによる興奮性神経細胞死が関与することを示唆しており、グルタミン酸阻害剤による治療の可能性が示された。本研究では、このALSにおけるfasciculationを通して神経変性の過程を追跡した。
研究全体の総括として平成8年7月20日-25日にかけて京都で第1回ALSとその関連疾患の電気生理国際シンポジウムを開き、本研究の研究分担者を含む共同研究者を米国、カナダ、ドイツ、英国から招き総括的討論を行った。その成果はオランダセルゼビア社より"Physiology of ALS and Related Disease."として刊行された。その主な内容として、末梢神経軸索機能の臨床的評価法としてのTE(閾値電気緊張)法の開発、ALSにおける皮質脊髄路の機能評価法としての大脳磁気刺激法に関する研究に関して新しい知見が得られた。また、ALSと鑑別すべきMultifocal Motor Neuropathy(MMN)の病態生理に関しても、K^+チャネルの異常など興味ある知見が得られた。
具体的には
1)幸原らは、大脳磁気刺激法を用いて随意的に発火している運動単位に対する影響を見ることにより、その発火確立の変動をPSTH(peristimulus time histogram)に表し、特に脊髄前角における上位および下位運動ニューロン間のシプナス伝導の効率を臨床的に評価する方法を開発した。これにより、ALSでは脊髄前角におけるEPSPが実効上著明に増大していると考えられ、グルタミン酸などによる興奮性神経細胞死がその病態と考えられた。
2)梶らは、英国Bostock教授とともにTE法の開発、臨床応用を進めるため、その正常値や記録法を確立し、その異常所見の解釈法について多くの知見を得た。ALSにおける異常がK^+チャネルの量的な異常のみならず質的な異常である可能性が示唆された。また、MMNの病変部位でK^+チャネルが不活性されている所見を見出し、ALSやMMNで共通して見られるfasciculationなどの興奮性の亢進を表す臨床症状は上述のグルタミン酸による機序の外にK^+チャネルの異常に基づく可能性も示唆された。
3)梶、幸原らは、前述の大脳磁気刺激法とTE法を用いて臨床試験中のリルゾールの投与前後で所見を比較したが有意の変化は認めなかった。
4)木村、梶らは、これらの知見をもとにALSの発症機構に関する仮説を提唱した。即ち、ALSでは系統発生的に新しい直接皮質脊髄路が選択的に障害され、これを持たない外眼筋や膀胱、直腸括約筋の支配は障害を受けない。また、系統発生的に最も新しいものが固体発生において最も遅れて発現され、実際、直接皮質脊髄路の完成は10歳前後といわれている。ところで、神経細胞は、成人では細胞分裂を行わない。全身の中でも最も長くG2期(DNAの複製前期)にとどまる運命にある。また、ALSではその細胞死のメカニズムがアポトーシスによるとの報告が相次いでいるが、そのアポトーシスはG2期において恒常的に抑制をしていないと起こってしまう傾向にあることが判明している。従って、全身の細胞の中でも最も長い細胞の寿命を持つ神経細胞の中で、特にこの固体発生の上で最も後で発現する遺伝子を持つ細胞が最もアポトーシスを起こしやすいといえる。この意味で、ALSはヒトの微細な随意運動のコントロールを発達させた直接皮質脊髄路など系統発生的な進化の代償ともいえる。従って、その治療はガンなどと共通して非常に困難なものと予想されるが、がんと異なって体細胞遺伝子の発現を全般的に促進する方法があれば少なくとも対処療法となりうるであろう。

研究成果

• [文献書誌] Kaji R,Ikeda A,et al.: "Physiological study of cervical dystonia.Task-specific abnormality in contingent negative variation." Brain. 118. 511-522 (1995)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(和文)」より
• [文献書誌] Kaji R,Kohara N,et al.: "Muscle afferent block by intramuscular injection of lidocaine for the treatment of writer's cramp." Muscle Nerve. 18(2). 234-235 (1995)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(和文)」より
• [文献書誌] Kaji R,J.C.Rothwell,et al.: "Tonic vibration reflex and muscle afferent block in writer's clamp." Ann Neurol. 38(2). 155-162 (1995)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(和文)」より
• [文献書誌] Kaji R,Shibasaki H,et al.: "Writer's cramp:a disorder of motor subroutine?" Ann Neurol. 38(6). 837-838 (1995)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(和文)」より
• [文献書誌] Mezaki T,Kaji R,et al.: "Comparison of therapeutic efficacies of type A and F botulinum toxins for blepharospasm:a double-blind,controlled study." Neurology. 45. 506-508 (1995)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(和文)」より
• [文献書誌] Oeda T,Kanda M,et al.: "The value of F-waves in an early electrodiagnosis of the lower cervical cord infarction." 臨床神経学. 36(4). 587-589 (1996)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(和文)」より
• [文献書誌] Oka N,Kusaka H,et al.: "IgM M-protein with antibody activity against gangliosides with disialosyl residue in sensory neuropathy binds to sensory neurons." Muscle Nerve. 19(4). 528-530 (1996)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(和文)」より
• [文献書誌] Kaji R,Hirota N,et al.: "Pctassium channel dysfunction at the lesion site in multifocal motor neuropathy as reveled by threshold electrotonus." 35 (2). 1368-1369 (1995)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(欧文)」より
• [文献書誌] Katayama M,Kohara N,et al.: "Effect of photic conditioning on blink reflex recovery function in blepharospasn" Electroncephalogr Clin Neurophysiol. 101 (5). 446-452 (1996)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(欧文)」より
• [文献書誌] Kohara N,Kaji R,et al.: "Abnormal excitability of the corticospinal pathway in patients with amyotrophic lateral sclerosis a single motor unit study using transcranial magnetic stimulation." Electroencephalogr Clin Neurophsiol. 101 (1). 32-41 (1996)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(欧文)」より
• [文献書誌] Mezaki T,Kaji R,et al.: "Development of general weakness in a patient with amyotrophic lateral sclerosis after focal botulinum toxin injection" Neurology. 46 (3). 845-846 (1996)
  • 説明: 「研究成果報告書概要(欧文)」より