研究課題
国際学術研究
糖尿病の発症には環境要因に加えて遺伝素因が深く関与していることが知られている。しかしながら、若年発症成人型糖尿病(MODY)におけるグルコキナーゼ変異などの一部のものを除くとその原因については未知の部分が多い。一方、我が国におけるインスリン非依存型糖尿病患者(NIDDM)においては欧米における症例に比し、発症の早期からインスリン分泌が障害されている例が多いとされている。これらのことから、我が国におけるNIDDM発症の機序を解明するためには、グルコースに対するインスリン分泌の応答障害を招くような要素、すなわちグルコース・センサーの障害を検討することが必要と考えられた。そこで、肝・β細胞型糖輸送担体(CLUT2)遺伝子、グルコキナーゼ遺伝子、ATP感受性カリウム・チャネル遺伝子、電位依存性カルシウム・チャネル遺伝子などの代表的なグルコース・センサー候補遺伝子について糖尿病患者のゲノムを検索して変異の有無を検討した。まず、CLUT2遺伝子について検索した結果であるが、正常対照80例、糖尿病患者78例で検討したところ、CLUT2遺伝子の11個のエクソンのうち、エクソン10にコードされるPhe479のTTT(A1アリル)よりTTC(A2アリル)への置換が検出された。この置換はアミノ酸の変異を伴わず、遺伝子多型と考えられたが、A2アリルの頻度は正常対照では14.4%であるのに対し、糖尿病群では26.9%と有意に多く、かつ、A2アリルのホモ接合体は正常対照群では認められないのに対し、糖尿病群では9%がホモ接合体であった。このことから、CLUT2のアミノ酸変異は伴わないが、CLUT2の転写調節領域の変異ないしはこの遺伝子座の近傍に存在する他の遺伝子の変異と連関することが推定された。次に、電位依存性カルシウム・チャネル遺伝子についてはラット遺伝子の単離に引き続き、ヒト遺伝子を単離した。この情報に基づいて49個のエクソンのそれぞれについてPCR-SSCPにより糖尿病患者のゲノムと正常対照のゲノムを検索し変異の有無を検討した。正常対照ではエクソン1に7つのメチオニン残基が連続している部分が存在するが、糖尿病患者ゲノムにおいてこのメチオニン残基の繰り返しが8回に変化しているものが発見された。この様なアミノ酸残基の繰り返しの数の変化はハンチントン病においても報告されており、糖尿病においてもこのメチオニン残基の繰り返しの回数の変化が糖尿病発症の基序に連関することが示唆された。以上の肝・β細胞型糖輸送担体(CLUT2)遺伝子におけるアミノ酸変異を伴わない変異および電位依存性カルシウム・チャネル遺伝子のエクソン部分における変異以外に、一連のグルコース・サンサー候補遺伝子に新たな変異が存在するか否かを検索するために、グルコキナーゼ遺伝子、ATP感受性カリウム・チャネル遺伝子さらにはGIP受容体遺伝子の変異の有無を糖尿病患者のゲノムを用いて検索した。GIP受容体遺伝子については、これまでカルシウム・チャネルで行ったのと同様に、エクソン2からエクソン14までの蛋白をコードしている部分についてエクソン毎にPCRを行い、SSCP法により核酸の変異を検討した。この結果、エクソン7でグリシン残基がシステイン残基に置換する変異(Gly198Cys)が、エクソン12でグルタミン酸残基がグルタミン残基に置換する変異(Glu354Gln)がそれぞれ検出された。これらの2種類の変異について全長cDNAをCHO細胞において発現せしめ、機能解析も施行した。まず、エクソン12におけるGlu354Gln変異ではGIP負荷に対する細胞の応答に変化を認めなかったが、エクソンのGly198Cys変異を伴うcDNAを導入した細胞ではGIP負荷に伴う細胞内cAMPの上昇が障害されていた。GIPは膵β細胞に作用してブドウ糖存在下にインスリン分泌を促進するホルモンであり、その受容体の活性の低下はインスリン分泌の低下に結びつく。このGly198Cys変異のホモ接合体は糖尿病患者においてのみ認められる、正常対照では検出されなかったことからも、GIP受容体の変異も糖尿病発症の機序の一つとして考えられることが本研究から明らかとなった。
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