当初計画はいくつかの下位目標を有していた。第1は、「エコープレーナー磁気共鳴画像技術の実用化」であったが、これは十分に達成された。1shotのエコープレーナー法は一枚の画像取得を100ミリ秒以下で終了するという長所があるが、1994年当時は実験デザインとしてPET時代のブロック法を踏襲していた為、この長所を十分に生かすことが出来なかった。本研究では、1shotのエコープレーナー法の長所である時間解像度を十分に活かす「事象関連型(event-related)fMRI法」を開発して、過渡的な認知神経活動を直接fMRI信号として捉える方法を確立した。 当初計画の第2の下位目標は、「認知記憶課題におけるヒト大脳活動の計測」であったが、これも十分に達成された。上記のように事象関連型fMRI法を開発することにより、認知過程における過渡的神経活動の同定が可能になり、特に前頭葉機能の局在および共通性を明らかにすることができた。下部前頭回では、作業記憶課題においても認知シフト課題においても同一部位が活性化され、共通の認知プロセスが関与することを見出した。さらに興味深いことに、GO/NOGO型の反応抑制課題においても同一部位(但し、右下部前頭回のみ)が活性化されることを見出した。 当初計画の第3の下位目標は、「覚醒サルにおける大脳前頭葉と側頭葉並びに辺縁系の認知記憶機能分担」であったが、これも十分な成果を挙げ得たと評価している。まず、下部側頭葉皮質TE野と辺縁系皮質36野の機能分担については、片側36野の神経細胞をイボテン酸によって選択的に破壊した。36野からTE野への逆行性信号が、TE野ニューロンに対象図形間の連想記憶をコードするのに必須であることが明らかになった。次に、大脳前頭葉と側頭葉の機能分担については、サルの前頭葉領野間を結ぶ交連線維のみを残した部分分離脳標本を開発し、大脳皮質に形成される図形対連合記憶の記憶痕跡自身は半球間転移を起こさないが、記憶想起に関わる制御情報に関しては半球間転移を起こすことを発見した。最近さらにこのサル部分分離脳標本に微小電極法を適用して、大脳前頭葉から側頭葉へ向かうトップダウン信号を直接観測し、記憶想起における高次制御信号の実体を発見するのに成功した。トップダウン信号は刺激の物理的特性よりむしろその意味的性質をコードしていることも明らかになった。
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