チンパンジーの認知機能の実験的分析をおこなうとともに、かれらが習得した知識や技術の世代間伝播に焦点をあてた研究をおこなった。チンパンジー習得する知識や技術として、野生チンパンジーにおける道具使用と、飼育下チンパンジーにおける認知言語スキルを取り上げた。後者の具体例は、自然言語・身振り言語の理解、人工言語習得、数体系の理解と使用、視覚情報処理過程とくにバイオロジカル・モーションの理解、視覚探索における特徴抽出機構、自然概念の成立機構、トークン(代用貨幣)の理解と使用、ビデオ動画像の系列記憶の研究などである。こうした個体レベルで獲得された認知スキルがどのように社会伝播をするのか、野外と実験室で検証した。野生チンパンジーにおける石器使用の習得過程の縦断的研究から、とくにその技術の世代間伝播の現象を明らかにした。学習の臨界期が3歳半から5歳にあること、おとなと同じレベルに達するには9-10年間の長期の学習が必要なことなどがあきらかになった。また、世代間伝播の背景には、「学ぶ側の長期にわたる注意深い観察」「摸倣に関する強い動機づけ」と「教える側における、観察学習を許す社会的寛容さ」があり、ヒトのような「積極的教示はしないこと」がわかった。飼育下の実験であきらかになったこともある。チンパンジーにとって、単純な動作パタンだけの摸倣はかえってむずかしく、外的な事物の操作の摸倣が容易である。また、初めて自分で試みる直前にモデル個体を見に行く、自分が失敗した直後も見に行く、といった興味深い事実が明らかになった。また世代間伝播の核心となる研究のために、人工授精等をおこない新たにチンパンジー3個体の妊娠に成功した。チンパンジーとの比較研究として、オランウータン、テナガザル、ニホンザルについても比較研究を実施した。こうした研究の成果については、「ネイチャー」その他の学術誌に掲載され公表された。
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