バナジル錯体は酸性下で複核錯体を形成し、これが一段階2電子移動の担体となってジスルフィドの酸化重合が初めて可能となることを明らかにしてきた。本年度は多核錯体の構造と多電子過程の相関を、X線結晶解析により解明した。また、バナジル錯体の多電子過程を分子変換系へ展開、チオアソ-ル誘導体の酸化カップリングによる二量体スルホニウムの合成法を確立した。 前年度までに一段階2電子移動の生起が実証されたバナジル多核錯体系([VOV(salen)_2^<2+>)を対象に、単結晶X線回折による構造解析を実施した。多核錯体の電解還元により低酸化状態(IV-III価)とした後、対アニオンの交換により良質の単結晶が初めて得られた。X線結晶解析の結果、μ-オキソ多核錯体の構造が決定された。また、この錯体と酸素との反応により、高酸化状態の多核錯体(VOV=O(salen)_2^+)が単離され、同様にX線結晶解析により構造決定された。これらの結果から、低配位バナジウム(III)錯体は非プロトン性下で酸素により酸化され、5価バナジウムを生成することが明らかになり、バナジル錯体の多電子レドックスサイクルが解明された。 また、バナジル触媒を用いたチオアニソール(スルフィド化合物)の空気酸化を実施、5価バナジウムが酸化剤となって対応するスルホニウムカチオンを効率よく生成することを明らかにした。生成スルホニウムカチオンを、ピリジンなどの塩基または食塩水などハライドイオンと反応させると容易に脱メチル化が進行し、非対称の二量体スルフィドが選択的に生成した。バナジル多核錯体の多電子過程経由により、酸素を酸化剤とするチオアニソールの酸化カップリング反応から、スルホニウムおよびスルフィド結合を有する芳香族化合物の選択度高い合成が可能となった。
|