分子状水素錯体が最もその特徴を発揮すると考えられる触媒反応として水素移動反応に着目し、従来の遷移金属錯体が効果的な触媒となりえなかった反応分野への活用を計ることを目指して研究を開始したが、研究の進展と共にその重点は5配位ルテニウム錯体[RuH(P-P)_2]^+(1)を触媒とするシランHSiR_3とアルコールROHの反応に移った。すなわち、分子状水素錯体は一般的に配位飽和であり、また水素分子が反応を抑制する方向に作用するため、不飽和化合物の水素化の触媒としてはその活性の面で限界があるが、一方、分子状水素錯体から配位水素分子が脱離して生成する配位不飽和種である1はHSiR_3と反応して非常に反応しやすい錯体である[RuH(H-SiR_3)(P-P)_2]^+を生成することが判明した。2は分子状水素錯体と同様にSi-H結合がη^2型配位しており、また錯体自身がカチオンであることによりSi中心は系中に存在する求核試薬と非常に反応しやすい状態にある。最終的には2とシランと水分子から分子状水素錯体[RuH(H_2)(P-P)_2]^+(3)が生成する。中間体としてジヒドリド錯体[Ru(H)_2(P-P)_2]^+(4)が存在することを含め、反応の詳細を明らかにした。 また、シランとアルコールの脱水素カップリング反応が5配位錯体1により触媒されることを見いだした。この反応は、その触媒サイクル中に分子状水素錯体からの水素分子の脱離の過程を含むと考えられる。実際、分子状水素錯体3を触媒としても、同様のカップリング反応が進行することを見いだした。各種シランと各種アルコールの組み合わせを検討し、上記の反応がかなり一般性を持つことを明らかにした。
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