低速(<<lau)の多価イオンが重い原子に衝突すると、多電子移行の結果、多電子励起原子が一時的に生成される。多電子励起原子の大局的な構造と動力学を理解するために、時間に依存する一電子場の振舞いとして多電子移行過程を記述することを試みた。 多電子移行を記述する現象論として、しばしばその簡単さゆえに、静的で古典的なover-the-barrier modelが用いられており、2〜3電子移行についてはその断面積を大まかに説明している。しかし、このモデルは、もっと多数の電子が移行する場合、特に内殻が関与する場合についてその妥当性が吟味されていない。そこで、over-the-barrierモデルを導く有効一電子場(=分子軌道)の存在を仮定した上で、一電子力学を量子力学的に解いた。 衝突系としてC^<6+>+Arの系を取り上げて、標的原子のL殻とM殻の16個の電子の振舞いを追跡した。その結果、over-the-barrier modelに含まれていない効果として、標的原子だけでなく入射イオンの個性(=殻構造)が関与すること、電子の序列に依っては分子軌道の断熱性が重要になることがわかつた。電子移行をもたらす力学として、核の運動に伴う通常の非断熱遷移の他に、電子が感じる核の有効電荷が時間に依存することから生ずる相互作用も重要であることがわかった。 最近、この系を含むいくつかの衝突系で、反跳イオンの価数分布が測定されている。そこでは、従来のover-the barrierモデルでは説明できない顕著な入射イオン依存性が見えていて、内殻(L殻)を含む多電子移行がそこに関与すると示唆されている。この実験結果を上記の立場で説明することが当面の今後の課題である。
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