STM(走査トンネル顕微鏡)チップを金属表面に押しつけ接触をつくると、その接触面は数個の原子からなる大変小さな断面積を持つ。この接合部分を引き伸すと、この引き伸ばす距離の関数として、電気伝導度が量子化されることが最近見出された。これは、室温でも観測される、ナノスケール領域の量子輸送現象の一つであり、エレクトロニクスにおけるサイズ縮小の要請がメソスコピックスケールからナノスケールへと進むとき、そのミクロな立場からの理解が必要となる。本研究では、STMチップと金属表面の接合部分の電子系を強結合模型で表し、チップ・表面間の電気伝導度を数値的に求めた。接合部分を引き伸ばすことが、この模型では、電流方向の最近接原子間の電子の飛び移り積分の絶対値を小さくすることに対応すると考えた。また、実際に形成されている接合部分が断面積一定の理想的な形状を持たず、くびれ構造をもつことを模型に反映させるため、接合の最外部分の原子に散乱ポテンシャルを加えた。第1ボルン近似の枠内での数値計算の結果をもとに、電気伝導度の量子化の原因、散乱ポテンシャルの影響等を明らかにした。すなわち、1.接合部分を引き伸ばすにつれて、サブバンドのバンド幅が減少し、フェルミレベルと交差するバンド数が減少する。このため、引き伸ばす距離の関数として電気伝導度は量子化される。2.この系で電気伝導度が理想的な階段状の変化を示さない理由は、散乱ポテンシャルの影響であり、階段状の変化からのずれは、電流方向の電子が持つ運動エネルギーに強く依存することを示した。
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