化学反応の経路は反応の初期に生成されるラジカル対の構造と性質ですべて決まってしまうといってもそう大きな間違いはない。ここでラジカル対というものは、再結合する確率が大きいラジカルの組みのことを意味し、2つのラジカル間の相互作用がある大きさをもつことを必要としない。実際、CIDNPの解析から推定される交換相互作用は多くの場合ゼロである。このようなラジカル対のスペクトルを捕らえることは長い間化学者の夢であった。しかし、従来の分光学では、対を作っているラジカルと遊離ラジカルとは全く同じスペクトルを示し、両者を区別して測定することはほとんど不可能であった。 われわれが開発したSNP法はラジカル対のスペクトルを遊離ラジカルのスペクトルと区別して測定することが出来るというユニークな方法である。 一例として、ベンゾキノン存在下でのクアドリシクランの光誘起異性化反応における反応中間体のSNPについて調べた。ラジカル対の存在が示唆されてはいるが、どんな構造かもわからないし、更に、異性化はラジカル対で起こるのか、または、ラジカル対が分解して遊離ラジカルになってから起こるのかもわかっていない。SNP法はこういう問題の解決には威力を発揮する。 クアドリシクランにおける2種類のプロトンとノルボルナジエンにおける2種類のプロトンについてSNPスペクトルが得られ、その解析から、中間体ラジカル対の構造を決定することができた。更に、時間分解SNP法を用いてラジカル対の寿命はほぼ60ナノ秒であることもわかった。
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