ラセミ体の単純な再結晶による光学分割が可能な場合として、唯一ラセミ混合物[(+)体結晶と(-)体結晶の等量混合物]の優先晶出法による結晶の光学富化が知られているのみであり、ラセミ体結晶[(±)体]を単純な再結晶により光学分割することは不可能と考えられていた。我々はこの例外を見いだし、ある一群の2級アルコール(STおよび類縁体)のラセミ体結晶を再結晶するだけで母液中で非常に大きな光学富化(高級100%ee)が生じるという前例のない光学分割現象を確認した。更に驚くべきことに、その際析出した低光学純度の結晶を取り出して再結晶すると、母液中で同様に大きな光学富化が起こるとともに、析出してくる結晶(低光学純度)のキラリティーは、必ず再結晶前の結晶のキラリティーの逆になる(キラリティーの逆転)という現象も発見した。従って、まずラセミ体の再結晶を行い、ついで析出する結晶の再結晶を順次繰り返し、光学富化して交互に得られる同一キラリティーの母液を集めるだけで、両エナンチオマーを高光学純度(>95%ee)で分割できるという理想的な光学分割が達成された。この光学分割現象の適用範囲を知るために、種々の再結晶条件下で析出してくるST結晶の物理化学的性質(X線結晶構造・粉末X線回折図・融点相図・溶解度)を調べた。その結果、ラセミ体の安定形はラセミ化合物結晶であるが、(+)体と(-)体のラセミ混晶も準安定形として存在すること、および10%ee以上の光学純度の領域では混晶が安定形となることが判明した。上記の異常な光学分割現象の機構をこの結晶の多形現象と関連づけて説明することができた。即ち、再結晶の際に、互いに対掌体の低光学純度のラセミ化合物型結晶[例えば(+)体過剰]と混晶[(-)体過剰]の同時析出と、より溶解度の高い混晶の再溶解を繰り返すことにより、母液の光学純度が徐々に上昇していくというものである。現在までに、STの他にその関連化合物のうち3種類が同様の光学分割現象を示すことを見出している。
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