研究概要 |
脳神経系は学習・訓練によって感覚刺激に対して適切な行動を数百ミリ秒で選択し発現できるようになる.我々はこの高速情報処理を可能にする神経機構として細胞の発火潜時の差による競争機構の仮説を提示してきた.昨年度までにこの仮説をストループ干渉と呼ばれる心理物理現象を用いて検証し,この現象に関する諸実験データがこの仮説で説明できることを示した.本年度は,この仮説の下でOram and Perrett(1992)の実験で示されたサル側頭葉の細胞の百ミリ秒潜時の視覚刺激識別応答が説明できることを示した.(1)視覚刺激に対するサル側頭皮質の細胞応答を側頭葉腹側路の解剖学生理学データに基づく神経回路モデルで再現した.すなわちモデルの上側頭溝の細胞応答はサルのそれと同様に反応開始後5ミリ秒で異なる刺激に対して有意な差を示した.(2)この上側頭溝細胞の高速識別能力は細胞の発火潜時の差による競争機構で実現されており,この競争は学習によるシナプス結合強度変化によって皮質回路内に形成された強化経路に沿って働くことをモデル上で示した.(3)この機構が働くとすると強い反応を出す細胞ほど短い潜時で発火しなければならない.この予想はサルの実験データとモデルシミュレーションの両方で裏付けられた.これらから,大脳皮質における数百ミリ秒の高速情報処理は学習強化された経路に沿った細胞の発火潜時の差による競争機構で実現されているとする仮説の妥当性が示された.
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