本研究の目的は、ストレス応答初期過程におけるシグナル伝達の分子機構をCa^<2+>シグナルを中心に、酵母を用いて解き明かすことである。カルモデュリンはCa^<2+>を結合することによって活性化する制御タンパク質であり、20種類以上もの酵素または構造タンパク質を制御する。酵母においては、カルモデュリンの遺伝子(CMD1)は1コピー存在する。CMD1欠損株はあらゆる温度下で増殖できないが、カルモデュリン分子のN末端半分(CAMN)またはC末端半分(CAMC)だけをもつ変異株は通常の温度(25℃)では増殖可能である。野生株は25℃から36℃にシフトされると、52℃の熱処理に対して抵抗性を獲得するが、CAMN株とCAMC株はその能力が低下していた。また、カルモデュリンはCa^<2+>/カルモデュリン依存性タンパク質キナーゼII(CaM kinase II)をCa^<2+>濃度依存的に制御する。酵母においては、2種類のCaM kinaseII遺伝子(CMK1とCMK2)が存在するが、その二重欠損変異株は正常に増殖できる。しかし、その株の熱抵抗性獲得能はCAMN株とCAMC株と同じように低下していることが明らかとなった。これらの結果は、カルモデュリンとその制御下にあるCaM kinase IIが熱抵抗性の獲得に機能することを示している。 カルシニューリンはCa^<2+>/カルモデュリン依存性のタンパク質ホスファターゼであり、免疫抑制剤FK506によって阻害される。酵母においては、液泡がCa^<2+>のプールとして重要であり、その膜に存在するH^+-ATPaseが細胞質のCa^<2+>濃度の調節に関与することを我々は既に報告している。今回、H^+-ATPaseのサブユニットの欠損株(vma3)は、(1)高濃度のCa^<2+>ストレス下でFK506に感受性になること、および(2)カルシニューリンのサブユニットの欠損株(cnb1)と合成致死になることを発見した。しかも、そのFK506の効果は、カルシニューリン活性を阻害する特異的結合タンパク質FKBP-12の存在下でのみ見出された。また、FK506は細胞内遊離Ca^<2+>濃度を減少させる効果があった。これらの結果は、カルシニューリンとH^+-ATPaseが共同して高濃度のCa^<2+>ストレスに対応し、細胞内遊離Ca^<2+>濃度を正常に保つことを示唆している。
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