ヒト腎癌細胞において、糖脂質硫酸転移酵素(GST)はEGFなどの増殖因子の作用で誘導されることから、GST発現シグナルは細胞増殖シグナルと共通の細胞内情報伝達系を介して制御されることが示唆されている。そこで、EGFによるGST誘導効果へのチロシンキナーゼとRasの関与を解析した。チロシンキナーゼ阻害剤Genisteinは腎癌細胞の増殖を阻害した。また、GenisteinはEGFによるGST誘導効果を打ち消すのみならず、EGF未処理細胞のGST活性も40〜60%抑制した。このことから、EGF未処理細胞においても内在性のチロシンキナーゼがGST活性の維持に働いていることが示唆された。一方、腎癌細胞にv-H-rasを遺伝子導入し安定に発現する細胞株を樹立した。v-H-ras導入細胞は親株と比較して高いGST活性を示した。v-H-ras導入細胞にEGFを添加してもGST活性の誘導はみられなくなった。このことは、v-H-ras導入細胞ではRas以下の下流のシグナルが飽和しているため、上流のEGF刺激に対して不応性になっていると思われた。一方、v-H-ras導入細胞にGenisteinを添加してもGSTの活性低下はみられず、GST活性の維持に働くチロシンキナーゼはRasの上流で作用すると思われた。以上の結果より、腎癌細胞でのGSTの発現制御にRasが関与する可能性が示唆された。しかし、ここまでの実験では内在性Rasの関与が明らかでないので、内在性Rasの働きを抑制した場合の影響を調べる必要がある。このため、発現誘導可能なメタロチオネインプロモーターを融合させたドミナントネガティブRas遺伝子を安定発現する腎癌細胞を樹立した。今後、この細胞を用いて、増殖とGST発現への内在性Rasの関与を明らかにし、細胞増殖シグナルとGST発現シグナルの起点を推定する手がかりとしたい。GST発現機構を解析することは腎癌細胞の細胞内情報伝達機構の有用なマーカーになると思われる。
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