筋細胞の分化誘導システムを用いて増殖と分化の選択機構を解析し、次の結果をえた。 1)これまで知られていたbFGFに加えてLPA(Lyso-phosphatidic Acid)がGiを介してシグナルを細胞内へと伝達することによって筋芽細胞の増殖を促進し、分化を抑制することが明らかになった。bFGF存在下ではMyoDの発現がなく、弱いmyf5の発現が観察されるのみであったが、LPA存在下、あるいは血清存在下ではMyoD、 myf5は発現しているがmyogeninの発現誘導は観察されない。即ち、bFGFはMyoDの発現を抑制することによって、又、LPA、血清はMyoDによるmyogeninの発現誘導を抑えることによって分化を阻害していると推定された。 2)bFGF存在下では強制発現したMyoD蛋白は核に局在しているが細胞は増殖を続け、内在性のMyoDの発現を誘導できない。おそらく、bFGFはMyoDの発現のみならず、MyoD蛋白による自己誘導活性、myogeninの発現誘導活性など、MyoD蛋白の機能も阻害していると推定される。一方、LPA存在下では外来性のMyoDの発現誘導により内在性のMyoDの発現が誘導され、細胞は筋管細胞へと分化した。しかし、血清存在下ではLPA存在下より多量のMyoDを発現しているにも関わらず筋管細胞へと分化しなかった。LPAと血清は様々な共通の性質をもつが血清存在下ではId1、Id2、Id3が多量に発現しており、血清存在下で分化が抑制された要因の一つであると推定される。 3)bFGF存在下では細胞密度を極度に上昇させ接触阻害を誘導しても細胞は分化せず、MyoDの発現は抑制されたままでDNA複製を継続する。一方、血清、LPA存在下ではmyogeninの発現誘導がおこり、細胞は分化する。また、血清存在下で強く発現していたIdの発現も激減し、サイクリンD1の発現抑制とP21の発現誘導が観察された。 4)今回の結果から、異なる性質をもつ増殖因子によって性質の異なる筋芽細胞が生ずること、また、MyoDの発現抑制と機能阻害の2つの作用点があること、細胞密度の上昇がもたらすシグナルはLPA、血清からの分化抑制シグナルを打ち消すことができることが明らかとなった。
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