本年度の研究では標的遺伝子組換えの手法を用い、NMDA受容体チャネルε2サブユニットを不活性化したマウスを作成し、固体レベルでε2サブユニットの機能解析を行った。まず、ε2サブユニットの標的遺伝子組換えベクターを作成し、胚性幹細胞に導入し相同組換えを起こした細胞株を樹立した。この細胞をもとにキメラマウスを作成し、交配によりε2サブユニットを不活性化したマウス〔ε2(-1-)マウス〕を作出した。ε2(-1-)マウスは哺乳反射行動が観察されず出生後24時間以内に死亡した。人工的にミルクを胃内に与えると、このマウスを2-3日間生存させることが可能であり、以下の解析を行った。形態学的解析により、ε2(-1-)マウスと正常マウスとの脳形態における差は光顕レベルでは検出されなかった。ε2(-1-)マウスで障害の観察された哺乳行動には、脳幹三叉神経核(BSTC)が関与していると考えられている。正常マウスでは、BSTCにおいて、それぞれの髭の空間的配置に対応した三叉神経軸索の樽様構造(バレレット構造)が形成されるが、ε2(-1-)マウスにおいては明瞭なバレレット構造が観察されなかった。さらに三叉神経軸索の集積化も観察されなかった。これらの結果からε2(-1-)マウスではBSTCにおけるシナプス形成の精緻化に障害があることが明らかとなった。さらに、電気生理学的解析では、ε2(-1-)マウスの海馬でNMDA受容体のチャネル活性が検出されず、またシナプス可塑性を示す長期抑圧(LTD)も観察されなかった。このことからε2サブユニットは海馬におけるシナプス可塑性にも関与することが示された。以上の結果はシナプス形成の精緻化とシナプス可塑性が同一のNMDA受容体チャネルε2サブユニットにより担われている可能性を強く示唆するものである。
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