蛋白質の立体構造の構築原理を知るために、それを構成する蛋白質の部分構造単位を抽出・精製し、その複合体形成の熱力学を研究した。ツナ・チトクロムcのN端ペプチド鎖(1-44)HとC端ペプチド鎖の(45-103)は、単独では決してヘリックス構造をとることはないが、これを1:1で混合すると複合体を形成し、それは天然チトクロムcに類似の立体構造をとっていることが分かった。天然チトクロムcには酸性pH領域でモルテングロビュール(MG)と呼ばれる構造が存在する。MG状態では主鎖のヘリックス構造が回復しているが、その立体構造は柔らかいまま凝集した構造をしていると考えられている。どの部分が、どの程度強く凝集しているかが研究課題であった。我々はペプチド断片鎖のMG状態が観測できるかどうかを実験した。pH2.0にすると、天然チトクロムcが変性するのと同様、断片鎖複合体を解離してランダムコイル状態となるが、この溶液に高濃度のKClを加えると、再びヘリックス構造を回復し、断片鎖複合体が形成されることを発見した。我々の実験は、MG状態にある天然チトクロムcにおいても、N端、C端ドメインのペプチド鎖がそれぞれヘリックス構造を形成し、さらに両ドメイン間の空間構造が形成されていることを明瞭に示している。さらに我々は断片鎖の複合体形成のさいの発熱量ΔHと結合定数Kを、滴定型カロリメータを用いて直接測定した。結合定数KはpH5-7の範囲でほぼ一定の1x10^8 M^<-1>程度となり、pH4以下で急速に減少する。一方、結合熱ΔHは負の40-50Kcal/mol程度の値をとり、pHにほとんど依存しないことが明かとなった。さらに、ΔHの温度依存性から、複合体形成に伴う熱容量変化ΔC_pを決定した。その結果、-1.0kcal/mol.degという熱容量変化を観測したが、以上の熱力学的測定値は天然チトクロムcの折りたたみに伴う熱力学的諸量とよく一致する。これらの事実は、複合体の立体構造は、まだ天然チトクロムcと同程度までは回復していない(NMRの化学シフトから)ものの、熱力学的物理量は天然チトクロムcとほぼ同じであることを示唆している。
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