研究課題
主に近世・近代の勧善懲悪思想の系譜をテーマとして取り上げ、資料の収集・整理、この時期における善悪概念の意味内容の検討と日本思想史の伝統の中への位置づけ、および、主要思想家・思想作品の個別的な解読・位置づけなどの作業を行った。滝沢馬琴『南総里見八犬伝』をはじめ、その系譜を引く中里介山『大菩薩峠』や江戸川乱歩『パノラマ島奇譚』などの大衆文学の中に潜在する善悪観は、公的な洋学的世界観の背後に隠れながらも、近代の民衆の倫理感覚や日用道徳、生活の知恵の中に深刻な形で浸透していることが明らかになりつつあり、近代倫理思想史全体の構想を問い直す材料であることが確認された。また、これと並行して、分担者それぞれによる専門領域の善悪観の研究・報告が定期的に行われた。研究は、ほぼ計画通り遂行されつつある。善悪の問題を近代に移入された概念的知識によって裁断するのではなく、伝統的テキスト群の文脈の中で、どのようにとらえていたかを明らかにするという当初の目的は、特に近世・近代に関して徐々に達成されつつある。これまで、倫理思想史のテキストとして日の目を見なかった膨大なテキスト群(特に大衆文学作品)の発掘と、そこにおける善悪概念の精査は従来の倫理思想史研究を大きく一歩前進させるものであろう。ただ、当該領域における同様の目的意識に基づく先行研究がほぼ皆無の状態であるため、概念整理や思想的位置づけなどの作業の能率が当初の予定より若干落ちているという問題点がある。
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