プロトン性溶媒中でのトリスビピリジンルテニウム(II)錯体の励起三重項MLCT状態からの無輻射緩和過程は、エネルギー・ギャップ則では説明できない。それは一般には、溶媒の再配列エネルギーの変化が大きいためとされるが、水-アルコール混合溶媒系の場合、再配列エネルギーの変化が小さいにも関わらず、エネルギー・ギャップ則は成り立たない。この場合、再配列エネルギーのような巨視的な良より、ルテニウム錯体近傍の微視的環境が重要な役割を果たしていると考えられる。 トリスビピリジンルテニウム(II)錯体の励起三重項MLCT状態からの発光寿命を、種々の温度で、様々なモル分率の水-アルコール混合溶媒中で測定した。 得られた発光寿命の逆数は、7.5×10^5〜2.5×10^6S^<-1>であった。量子収量は4〜6×10^<-2>であるから、発光寿命は主に無輻射過程によって決定されている。無輻射遷移速度の温度依存性から、2つの無輻射緩和過程が存在することが明らかになった。そのひとつは、励起三重項から基底状態への緩和過程(項間交差)であり、他は励起三重項からおよそ2500cm^<-1>エネルギーが高いところにある電子状態(metal-center state)を経由し基底状態に緩和する過程である。水および重水中では項間交差が有利に起こるが、アルコールのモル分率が増えるにつれてmetal-center stateを経由する過程が優勢になることが明らかになった。アルコール中では、溶媒の重水素化によって、ほとんど緩和速度に変化は見られなかったが、水溶液中では、比較的大きな同位体効果が観測された。同じ水酸基をもつ溶媒で、このような同位体効果の著しい違いが生じることから、水溶液とアルコール中では異なる緩和過程を経由していると考えられる。同時に項間交差過程では、ルテニウム錯体と溶媒分子の局所的な相互作用によって生じる、水酸基の振動モードに関係する様なエネルギーのアクセプターが存在することが予測できる。
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