研究概要 |
「還元」は、酸化、炭素-炭素結合形成、あるいは官能基変換とともに最も基本的な有機化学反応の一つである。とくに、炭素-炭素あるいは炭素-酸素二重結合などの不飽和化合物の水素化は一般的かつ必要不可欠な合成操作である。三級不斉炭素中心の一般的構築を可能にする不斉反応は有機合成化学の中心的課題であり、高立体選択的反応の開拓は有機合成化学へ大きな波及効果をもたらす。本研究者は、「分子触媒」の概念を確立し、キラル有機分子を配位子とする水素活性化機能性金属錯体を用いる均一触媒的不斉水素化法の開拓を行い。その結果、2,2'-ビス(ジフェニルホスフィノ)-1,1'-ビナフチル(BINAP)を配位子とする各種遷移金属錯体を考案しロジウムないしルテニウム錯体が近傍に配位子ヘテロ原子を有するある種の不飽和化合物の水素化において世界初の完全不斉誘導を達成した。平成8年度では、平成7年度において行った不飽和カルボン酸類の機構解明で得た研究成果を基盤にして、オレフィン基質のなかでもとくにエナミドに焦点を置いて水素化機構研究を行った。具体的には、イソキノリンアルカロイドの一般不斉合成の鍵となる2-アシル-1-アルキリデン-1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリン類を取り上げ、(1)水素化条件の最適化、(2)水素化基質および生成物の規定状態構造の固相・液相での精密解析、(3)BINAPルテニウム錯体の電子的・立体的構造の触媒活性・立体選択性に及ぼす影響、(4)反応基質構造とエナンチオ選択性との相関性の調査を行った。BINAP-Ruジカルボキシラート錯体やジハロゲン錯体は反応性・選択性ともに高いが、BINAP-Rh錯体を用いると選択性が70%程度まで減少し、面選択性が逆転すること、基質アシル基として、ホルミル、アセチル、ベンゾイル、p-プロモベンゾイルなどを使用することができるが、立体的に嵩高いピバロイル基や電子吸引性のトリフルオロアセチル基を導入すると反応性・選択性ともに著しく低下すること、1Z体に比較して1E体の反応性は極めて低いことなど、触媒や基質の立体的・電子的構造と反応性・選択性との相関を知ることができた。基質触媒複合体形成における立体相補性を考慮することにより、これらの現象を定性的に理解した。現段階の研究進捗状況は順調であり、所期の目的を達成する上での弊害はない。
|