本研究の最終目標は、錯視現象を心理学的なプローブとして、人間の視覚システムにおける3次元空間知覚のメカニズムを探り、その数理的モデルを構成し、視覚メカニズムの解明に貢献することである。このため、本年度は、特に、視覚刺激が運動する場合についての新しい動的錯視現象を探索し、視覚のメカニズム解明のための心理物理学的プローブの開発とその応用を図ることを目的として研究を進めた。まず、導入したグラフィックスコンピューターにより、運動を伴った錯視現象とその周辺に潜んでいる新しい現象の探索を行った。また、注視点位置を視覚刺激と同期的に計測しその知覚との関係を検討した。その過程で、これまでには全く予想できなかったいくつかの新しい現象が見出された。 まず、相関をもって運動する複数物体が群としての運動と群内での相対運動として知覚される現象が見出された。そして、群化する要因としては剛体条件や軌道条件等が作用していることが確かめられた。我々の知覚システムでは脳内での表現をより単純化する表現単純化原理が作用していることを推測させる。 つぎに、両眼立体視において斑点状視覚刺激を運動させたとき、静止時には全く知覚できない表面構造が知覚され、それが視覚刺激の運動とは異なった運動として知覚される現象が見出された。これを構成的運動と名付け、視覚的刺激の運動と構成的運動の知覚状態との関係をさらに検討している。 さらに、知覚される3次元表面の構造が互いに異なる複数の状態間を移り変るように運動させたときに錯視表面の分離・融合とその遷移におけるヒステリシス現象が見出された。 これらの新しく見出された動的錯視現象の背後には、さらに多くの未知の現象が隠されており、人間の視覚システムにおける空間知覚メカニズムを解明してゆく上で有力な手がかりが潜んでいるものと予想される。来年度はこれらの現象についてさらに検討を深めてゆく計画である。
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