3年間に行なった研究は、主として2つの領域に分かれる。第1は美術理論の研究、第2はそれを応用して行なった具体的な作品分析である。第1の理論研究においては、ジェンダー理論、フェミニズム理論、クイア理論、ホモソーシャル理論、ボストコロニアル理論、などの諸文献を読んだ。また、理論に詳しい内外の研究者(国内では東京大学、海外ではアメリカ合衆国のハ-ヴァード大学などの研究者)を学習大学へ招聘し、共同研究を行なった。理論を美術作品の解釈に鷹揚する際には、「新しい美術史学」の方法、とくに「視線」の論理が参考となった。第2に、理論を用いていくつかの美術作品を具体的に分析した。その結果、コンテクストによってさまざまな差異はあるものの、いずれの作品にも政治的な意味や機能があること、しかし従来はそれが不問に付されてきたことがわかった。3年間に分析した具体的な作品名を挙げれば、平成時代の「源氏物語絵巻」、鎌倉時代の「紫式部日記絵巻」、「男装三郎絵巻」、室町時代の土佐光信(工房)作「源氏物語画帖」、土佐光茂筆「桑実寺縁起絵巻」などである。また、従来の作品研究の前提となってきた言説研究も、あわせて行なった。狩野永納『本朝画史』の新しい解釈はそれである。3年間に私たちは、絵巻作品に限らず広く美術作品のもつ政治的・社会的・歴史的な機能や意味を問題として取り上げ、いくつかの具体的な作品分析を通じ、「新しい美術史学」の実践を試みてきた。「新しい美術史学」が日本美術史においても可能であり、必要であり、重要であることを論証しえたことも、本研究の具体的成果のひとつである。
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