3名の男子学生に左右逆転鏡をそれぞれ14日間から50日間連続装着させ、空間視機能の変化の様子を観察した。空間の定位に関しては、結果のばらつき或いは個人差が非常に大きく、順応の効果を推察するまでに至らなかった。ところが、逆転鏡の装着によって正反対の見え方になった(1)両眼立体視と(2)自己の運動による網膜像の動きを手がかりにした立体視は、装着後10日間ほどで、網膜像が逆になっているにも関わらず、正常時と変わらない成績を示すようになった。 一方、左右逆転鏡を50日間装着したニホンザルの第一次視覚野からは、反対側のみならず同側の視野にも受容野を持つ細胞が観察された。これらの細胞は、方位あるいは運動方向に対して全く選択性がなく、刺激の点滅に対して良く応答した。この結果は、変換視野への順応に伴って機能的な変化を示した細胞が、いわゆる小細胞群(parvo)に属しブロッブ(blob)に存在していることを示唆している。ブロッブの細胞の多くは光の波長に選択性を示すが、このことと上述したヒトの実験結果との間には何か関連はあるのだろうか?物体の色彩が両眼立体視に及ぼす作用を再検討することを目的として、以下の実験をおこなった。 固視点の左右に同心円からなる順応刺激を呈示した。一方の刺激には赤、もう一方には緑の色をつけた。さらに、刺激の一つにはプラスの視差をつけ固視点より近くに見えるようにし、残りの一つには、逆にマイナスの視差をつけ遠くに見えるようにした。十五秒毎に刺激の左右を入れ替えた。30分間順応させた後、赤と緑のテスト刺激をそれぞれ固視点の左右に呈示し、二つの刺激が同じ奥行きに見えるために必要な視差の違いを測定した。この結果、遠くの赤と近くの緑に順応した後には、赤が緑より近くにあるように見え、逆に、近くの赤と遠くの緑に順応した後には、赤が緑より遠くにあるように知覚されることが明らかになった。この事実は、物体の色彩が、従来考えられてきたよりも強く、両眼立体視に影響を及ぼしていることを示している。
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