本研究の目的は、家庭での親と乳児との戯れ場面での間主観的心情理解の成立過程とその発達的変化を縦断的に明らかにすることである。したがって、本研究が成立するためには、その前提条件として戯れ合いが起きている場面を記録できるような方法論の確立が必須である。本年度の主たる目標はこの点にあった。 従来の家庭場面の観察法は、多くの場合、対象となる親子とほとんど面識のない観察者がビデオカメラを家庭に持ち込み、部屋の片隅から所定の場面を記録撮影するという手続きに拠ってきた。しかし、このような他人の注視下にあるという状況では、観察対象者、とりわけ親の側は、社会的評価不安から、社会的通念上「好ましいと思われる」「真面目な」やりとりを展開しようとすると考えられる。だが、「戯れ合い」は、むしろ、このような評価不安の懸念のない親しい他者との間でしか生じないコミュニケーションスタイルといえよう。 そこで、本研究では、ビデオカメラを貸し出し、「ビデオ育児記録」として親自身が自分と対象児とのとのやりとりを撮影するという方法を採用した。具体的手続きは次の通りである。 参加家庭:生後6か月の乳児のいる20家庭 観察期間:対象児の月齢6か月〜12か月までの半年間、毎月30分〜60分間。 観察場面:母子での遊び場面(一部父子・兄姉を含む)。 撮影方法:部屋の片隅に三脚に乗せたビデオカメラを起き、家庭にあるテレビをモニターとして、親自身が自分と対象児とのやりとりを録画記録した。 この方法論によって、すべての参加家庭から自然な母子の「戯れ場面」を成功裡に得ることができた。つまり、戯れ合いという現象の一般性が確認された。参加家庭の半数からは、父、及び、兄姉との戯れ合いの資料も得られた。この結果、いくつかのケースでは対象児と家族全員との関わりについての分析もまた可能となった。
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