研究課題
基盤研究(B)
標題の課題につき、官僚に与えられた刑法上の恩典の制度「八議」の具体的解明を通して接近を試みた。明らかにできた主な論点は以下の如くである。1. 200B.C.前漢の高祖が近侍官(郎中)にその特権を認めたのが最初で、以後、漸次範囲を拡げ、A.D.27には最下級の民政長官(県の長)も対象とされた。また相い前後して、官僚の親族にもその資格が与えられた。2. 対象者の拡大に対応して後漢王朝では盛んに施行された。しかしなお一種の慣行に止まり、成文法化は、233年以前に成立の三国時代魏の「魏律」においてである。3. 268年公布の西晉「泰始律」には、後の「唐律」と同じ「八議」の手続きが定められていた。4. 多くの実例や「巨悪を野放しにするだけだ」との批判からも、西晋朝下における盛行と、それに伴う弊害の深刻さが知られる。5. 4C後半期以降、南朝期を通して施行の具体例を見出し得なくなる。しかし、皇族・貴族出身の官僚に対する重罰が、恥ずべき「棄市」ではなく、名誉を重んじた「賜死」が多数を占めている事実には、「八議」の影を看取できる。6. 元来が、「謀反・大逆」などの重大犯罪は、最初から「八議」の適用外とされていたし、手続き上でも、司法官が「八議」の適用を検討すること自体にも君主の許可を必要とした等々、君主は自らの意向を幾次にも恣意的に介入させることができたから、官僚にとってこの刑法上の特権は、不安定を極めた。皇帝権力が特段に強化された唐代、「八議」の制を守ることが、即、士大夫の権利を守ることであるとの主張が示されるに至った理由でもある。
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