『三十帖策子』(以下『策子』と略称)は9世紀の貴重な文献資料であることは広く承認されているが、その研究は今なお十分に行われているとは思えない。その根本的理由はそれが国宝であり、真言宗の秘宝であるという「秘匿性」にあると思われる。そこで、本研究では、まず『策子』そのものに研究資料として自由にアクセスできるように、そのすべてをコンピュータ画像データ化した(なお版権の問題は未処理)。それに基づいて、(1)所載テクストの翻刻(研究の裾野を広げるためには前提となる作業であるがまだ行われいない)、(2)梵字テクストの批判的研究、を行った。その概要を以下に記す。 (1)について。従来、『策子』に収められているテクストについて、逐字的検討は『大正蔵経』(以下『大正』と略称)編纂時以後、余り行われていない。しかし、例えば、第一から第四帙に収められている『四十華厳』のテクストは、訳経の経緯に関する重要なテクストが含まれているにも拘わらず、『大正』には全く反映されていない。また、重複書写された「文殊師利根本大教王金翅鳥品」の一本は途中で中断されており、既に拙論(「八曼荼羅経」サンスクリット写本の研究)において指摘したのと同じように、『策子』作成の実態を推察されてくれるものである。なお、翻刻は時間を要する作業であるため段階的に成果を公表する。 (2)については、先行研究が比較的豊富に蓄積されている。しかし、真言宗の教学的関心からのアプローチが主であり、客観的な記述と分析が十分でない。本研究では悉曇学史的観点から、字体、語形、漢訳語などに注目しながら、テクストが示す客観的指標の把握に努めた。その結果、前稿で指摘したのと類似した特徴が認められた。この点については、研究成果報告書で詳論する予定である。
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