3年間にわたる当該申請研究の研究成果は以下の2点に集約される。 まず、介形虫の系統関係をなるべく客観的かつ正確に見積もるための基準が著しく改善された。具体的には2つの評価基準の確立に成功した。ひとつは、介形虫のミトコンドリアDNAのの塩基配列の解析法を確立したことであり、これにより、3科6属11種の関係が推定された。ただし介形虫の塩基配列の置換速度が大きいため、COI領域は科間の比較にはやや不適で、近縁種間の比較に最適であることが判明した。もう一つは介形虫の個体発生におけるポア・システム数(感覚子数)の追跡であり、高次分類群間の関係が成長段階初期のポア数の分化過程により推定できることを初めて示した。低次分類群の関係が成長段階後期のポア・システムの分化過程に反映されることは既に提唱されていたが、本結果により、ポア数の分化に基づく系統関係推定法の拡張・一般化がもたらされた。従来の系統関係の推定に比べ、これらの基準はずっと客観的・定量的なものである。とくに後者は化石にも応用でき、介形虫の背甲に隠された生物学的情報を上手く引き出したものといえる。 これらの基準を用いて形態解析を行った結果、介形虫における異時性の現象が明瞭に把握された。具体的には、従来高次分類の基準のひとつであった蝶番の構造が、異時性により簡単に変異しうる形質であることが判明した。しかもこの変異には方向性があり、多様な蝶番構造を持った分類群が新生代はじめに一気に進化したのち、それぞれの分類群の幼形成熟的蝶番をもつ子孫型分類群が新第三紀以降現れたことも明らかとなった。この結果は高次の系統関係推定に異時性の配慮が不可欠なことを初めて示した実例であり、また進化の筋道の一端をわかりやすく解明した貴重な事例研究でもある。
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