本研究では、分子1個1個に由来する、平均されないスペクトルの分光学(単分子分光学)によって観測されうる分子のカオス振動の性質を解明した。我々は、弱いカオスが基本的な役割を果たすことによって発生する、分子振動の新しいモードが存在することを理論的に提案し、その数値的な実証を行い、それが単分子分光によって検出されることを予想した。この分子振動運動を位相空間大振幅運動と呼ぶ。この研究では、まず、1.弱いカオス状態だけにスペクトルの広がりをもち、擬セパラトリックスの局在する波束の生成させる方法を作った。この方法論は、高振動励起状態の固有関数と固有値を、直交条件を使わないで計算する手法として発展させられた。2.時間依存のスペクトルを定義することで、ダイナミクスの時間発展とスペクトル構造の時間変化を見ることを提案した。以上の、基礎的研究の上に、次のことが分かった。(1)量子論における位相空間大振幅運動は、古典力学とは大きな相違点も持つが、非常に長い運動スケールを持ち、実質的に非周期的かつ非予測的である。(2)この波束が生成されてからスペクトルをとるまでの開始時間を変化させることによって、異なる強度分布のスペクトルが得られることを発見した。(3)この波束は、波束が生成されたときの初期依存性を非常に強く持つ。(4)以上を、「スペクトル形状の再現不可能性」という概念にまとめることができる。(5)弱カオスのこの強烈な個性は、時間およびアンサンブルで平均されるスペクトルではかき消されてしまい、単分子スペクトルのように平均化されない分光学でのみ検出することが可能である。(6)比較的薄い擬セパラトリクスに局在するカオス固有関数を始めて作り出した。この関数は、擬セパラトリクスで弱い量子局在するが、それが基で発生するトンネル現象を新たに発見した。これを我々は、第二種のダイナミカルトンネル現象と呼んだ。
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