成層圏オゾン濃度バランスに関与する反応中間体であるHOClの電子励起状態には、近紫外域に基底状態(1^1A′)からの光学遷移がスピン禁制となる励起状態がいくつか存在するほか、遷移許容な励起状態(1^1A″・2^1A′)も存在する。本年度は、このように複雑なHOClの吸収スペクトルと電子構造に関する研究を行った。 HOClを266nmと355nmで光分解した時、余剰エネルギーの約95%が、光分解生成物であるCl原子とOHラジカルの並進エネルギーに変換されていた。また、残りの約5%がOHラジカルの内部エネルギーとして、その回転エネルギーに変換される。解離ダイナミクスは、impulsiveモデルで良く記述でき、反発型ポテンシャルを有する電子励起状態からの直接解離であることがわかった。上記二つの光分解波長において、分解生成物であるOHラジカルの速度ベクトルは、電子励起状態の対称性を反映した特徴的な異方性を示した。266nmの光分解では、OHラジカルの速度ベクトルは光分解光の電気ベクトルにほぼ並行であり、この波長での吸収帯は遷移モーメントがO-Cl軸に平行な2^1A′-1^1A′遷移であることがわかった。一方、355nmの光分解では、OHの速度ベクトルは光分解光の電気ベクトルにほぼ垂直である。したがって、遷移モーメントがO-Cl軸に垂直な1^1A″-1^1A′遷移でHOClの光分解が進み、HOBrとは異なり紫外吸収帯ではスピン禁制な^3A″-^1A′遷移の寄与が無視できることがわかった。
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