分子の電子励起状態には、基底状態からの光学遷移が対称禁制な励起状態やスピン禁制な励起三重項状態など、種々の制約により従来の分光法では観測不可能な励起状態がある。本研究では、光脱離敷居光電子分光法を用いて、これら電子励起状態の系統的な観測を可能とし、その系統的な知見を得るとともに、他の分光法を組み合わせてこれら新しい励起状態に関する詳細な分光学的な研究を進めた。 (1)塩素分子のイオン対状態:B^3II(O^+_u)状態を中間状態とした光-光二重共鳴法により基底状態からの遷移がFranck-Condon禁制となるO^+_u(^3P_0)イオン対状態の観測に初めて成功した。また、中間状態としてA^3II(1_u)-B'^3II(O^-_u)の摂動凖位を利用してO^-_u(^3P_1)状態の観測にも成功し、これら二つの励起状態のポテンシャル曲線を正確に決定した。 (2)硝酸基ラジカル(NO_3)の電子状態:振動スペクトルから基底状態(^2A_2')に関するコンビネーション-ディファレンスから、基底状態の分子定数を決定した。また、近赤外域に基底状態からは、対称禁制な電子励起状態(^2E")への遷移を観測することに成功した。ゼーマン変調法を利用して、第一励起状態(^2E")の縮重変角振動(e")との振動相互作用により生じた振電励起状態(^2A_2")への平行遷移であることを明らかにした。 (3)HOClの電子励起状態:成層圈オゾン濃度バランスに関与する反応中間体であるHOClを266nmの光で光分解したとき、OHラジカルの速度ベクトルは光分解光の電気ベクトルにほぼ並行であり、この波長での吸収帯は遷移モーメントがO-Cl軸に平行な2^1A'-1^1A'遷移であることがわかった。一方、355nmの光分解では、OHの速度ベクトルは光分解光の電気ベクトルにほぼ垂直である。したがって、遷移モーメントがO-Cl軸に垂直な1^1A"-1^1A'遷移でHOClの光分解が進み、HOBrとは異なり紫外吸収帯ではスピン禁制な^3A"-^1A"遷移の寄与が無視できることがわかった。
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