研究概要 |
今年度は,昨年度からのテーマであるカルボニル基に対する有機金属試薬の求核付加反応の面選択性,特にケトンおよびアルデヒドのヒドリド還元の面選択性の理論モデル構築を終了し論文にまとめた.さらに求電子付加反応の面選択性を考察する反応系として、アルケンやエノラートへの求電子付加反応の面選択性を対象に,特にヒドロホウ素化反応に集中し実験および理論の両面から考察した. π面両側の立体効果が等価であると考えられてすでに用いられている2,3-R-7-メチレンビシクロ[2.2.1]ヘプタン(R=Me,Et,CH_2OMe,-CH_2OCH_2-,COOMe)(1)を合成し,ヒドロホウ素化反応の面選択性決定の実験を進める傍ら,遷移状態計算を継続し面選択性決定因子を考察した.最近の研究では,この系の面選択性はCieplak効果(incipient bondであるσ_<H…C>^*とそれにanti-periplanarなσ_<C1-C2>の安定化相互作用;超共役)を支配因子とする説と反応試薬どうしの静電相互作用説の2つが提唱されている.しかしいずれも定性的議論に終始しており定量解析をしてみないと明確な結論は出せない. そこでGaussian-94を応用した独自の方法でこの遷移状態における超共役を定量的に評価してみた.その結果,上記のCieplak効果では面選択性の実験結果がまったく説明できないことがわかった.この結果は昨年度の成果である″カルボニル還元の遷移状態における超共役効果が面選択性の支配因子でない″という意外な計算結果に対応するものであり,これまで信じられてきた2つの代表的理論モデル(Felkin-Anh Model,Cieplai Model)の妥当性に疑問を投げかけることになろう. Natural Bond Orbital解析による定量的結果から,この系におけるヒドロホウ素化反応の面選択性はフロンティア軌道相互作用(基質のHOMOとBH_3のLUMO)に支配されていることがわかった.反応初期に生じる錯体の安定性(この大きさがフロンティア軌道相互作用の大きさで決まる)で面選択性が決まり,遷移状態における超共役,骨格ひずみなどは副次効果であると結論された.フロンティア軌道理論の奥の深さを実証する結果となった.
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