芳香族アルデヒドやケトンの求核付加反応には1段階で進む極性機構(PL)と一電子移動により開始され、ラジカルイオン中間体を経由して2段階で進む機構(ET-RC)の二つの反応経路がある。本研究では、比較的単純なアルキルリチウム試剤(MeLi、PhLi、CH_2=CHCH_2Li)に加え、アルキルリチウムにカルバニオンを安定化するような置換基を導入し、その求核性を変化することにより反応機構がどのように変化するかを調べる目的でフェニルチオメチルリチウム、シアノメチルリチウム、およびピナコロンエノラートとベンゾフェノン、ベンズアルデヒドとの反応を検討した。反応経路の解析は、反応速度同位体効果、置換基効果、エノンの異性化および脱ハロゲン化プローブ実験などの結果を総合して行った。その結果、ピナコロンエノラート以外のリチウム試剤の反応は電子移動を経由して反応し、ET過程が律速の機構で進行するのに対し、ピナコロンエノラートでは極性機構で反応が進むと結論できた。 リチウム試剤の安定性を炭素アニオンの共役酸の酸性度で評価すると、この反応機構の変化とリチウム試剤の安定性との間に相関関係のあることがわかる。気相におけるプロトン解離平衡のΔHは、CH_3-H、Ph-H、CH_2=CHCH_2-H、PhSCH_2-H、NCCH_2-H、および(CH_3)_3C(C-O)CH_2-Hについて416.8、400.8、390.8、381.6、372.8、および368.1kcal/molとなり、共役酸の酸性度が高く求核試剤として安定になると一電子移動を経る機構から極性機構へ変化するものと考えられる。このことは、電子移動過程の方が極性付加過程よりも求核剤の反応性により敏感であることを意味しており、化学反応性を支配している要因を理解する上で、興味深い。
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