バナジウム錯体の溶液構造の研究にFTラマン分光法をどのように利用できるかを探るための基礎的データの収集を主に行った。まず、試料容器の形状について検討を行った。様々な直径と高さを持つ円筒形セルや球状セルを試作し、ラマン感度の比較を行った。その結果、直径1cm程度の球状セルを用いた場合に、もっとも効率よくラマンスペクトルが測定できることがわかった。次に溶媒について検討を行ったところ、近赤外領域の吸収が小さい重水を用いた方が、通常の軽水の場合よりもかなり感度よく測定できることがわかった。そこで、まず、取り扱いの容易な5価バナジウムの溶液構造に関する知見を、球状セルと重水を用いたFTラマン分光法より得ることにした。5価バナジウムは水溶液中で様々なオリゴマー種を生じ、その溶液構造は大変複雑である。従って、この複雑な系の解析方法を確立することができれば、一般的な系への適用は容易になる。まず、様々な化学種が共存する系では、バンドが複雑に重なるため、それらを分離する必要がある。バンドの分離は、市販ソフト、PEAKSOLVEを用いることにより、簡単に行うことができたが、解析結果にはかなりの任意性が入ってくることがわかった。特にバンドの形状は一義的には決定できない場合が多く、何らかの仮定が必要となる場合が多い。従って、他の研究手段、例えば伝導度滴定やNMR法、から得られる情報を加味して、矛盾のないバンド解析をすることが必要である。このようにつじつまのあったバンド解析ができれば、各バンドの各化学種への帰属の妥当性はかなり高くなる。このような手法に基づき、上記の5価バナジウムの系では、いままでに帰属できていなかった化学種のラマンバンドを特定することができた。さらに、固体構造と溶液構造の比較にも、FTラマン分光法が有用であることがわかった。
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