海産無脊椎動物のホヤに含まれるバナジウムの化学形や生理・生化学作用の解明を目指して、3価バナジウムを中心とする様々なバナジウム化合物のラマンスペクトルを測定し、溶液内におけるバナジウム種の同定や構造に関する基礎的知見を得た。まず、ホヤ血球細胞のホモジェネートのスペクトルを測定した。スジキレボヤの血球細胞をジャイアントゼルを多く含む文画(GC)とバナジウムを含む細胞(バナドサイト)であるシグネットリングセル(SRC)に分け、それぞれのラマンスペクトルを測定した。GCおよびSRCでは、硫酸水素イオンあるいはアルキルスルホン酸に帰属できるバンドと、硫酸イオンに帰属されるバンドが観察された。両試料ともにバナジウムに由来するバンドは検出できなかった。これは、スジキレボヤの血球細胞中のバナジウム濃度がラマンの検出限界以下であったためと考えられる。一方、バナジウムボヤの試料からは、硫酸イオンによるバンドに加えて、バナジル基に基づくラマンバンドが明確に観測された。水溶液中における3価および4価バナジウムイオンと硫酸イオンの相互作用を調べるために、V_2(SO_4)_3とVOSO_4の水溶液のラマンスペクトルを測定した。両方の溶液のスペクトルには、フリーの硫酸イオンに帰属されるバンド以外に、バナジウムに配位した硫酸イオンに帰属できるバンドが観測され、水溶液中で硫酸イオンがバナジウムに直接配位していることが明らかになった。ボヤは、海水中から5価バナジウムを取り込み、3価まで還元して血球細胞内に蓄えている。そこで、5価バナジウムの溶存種の構造と振動位置を関連づけるために、5価バナジン酸のラマンスペクトルのpH依存性を調べ、各オリゴマー種によるラマンバンドを帰属した。
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