本年度は、サイズ選別されたクラスターイオンを多段の減速レンズ系を通し十分に減速した後、極低温基板にソフトランディングさせ、中性分子の作るキャビィティーの中にイオン種を閉じ込めたまま、次々と積層する装置を製作した。特に、ビームソースに液体から直接に発生させたクラスターをイオン化しサイズ毎に分離する新しいシステムを設計制作し、装置にドッキングさせた。また、オイルの混入を可能な限り避けるために2基の窒素トラップと5段の差動排気という大がかりな真空排気系を構築した。更に、蒸着試料マトリックスが必要以上にプラスに帯電するのを防ぐ目的で、二酸化炭素や酸素分子に電子を付着させて負イオンとし陽電場が大きくなったときにその過剰電場により自動的に負イオンを引き込むシステムを組み込んだ。現在、紫外吸収により蒸着状況をモニターし、最適な条件を見いだす実験を継続中である。一方、プロトン付加水分子2量体の振動スペクトルを測定する準備として、Gaussian94による高精度の分子軌道計算を行い基準振動数と振動モード図を得た。これによると、プロトンは2分子の酸素原子の丁度中央に位置し、酸素原子間距離が長くなると2極小ポテンシャルに変化することが解った。更に、このプロトンが酸素原子間を振動する固有振動数は912cm^<-1>であり、赤外活性なO-H伸縮振動よりもさらに10倍も大きな振動子強度を示すことが明らかになった。これは、クラスター内および液体中でのプロトン移動の機構を調べる上で極めて重要な情報であり、プロトン移動のポテンシャル面の実験的な解析が待たれる。又、今年度のビーム実験によってベンゼンクラスター中で電荷が分子間をホッピングしていることが明確に示された。このようなクラスター内での電荷移動ダイナミックスの分光学的研究が新しい段階に入ったと言えよう。
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