本年は、本格的な蒸着実験を行った。まず、4Kのアルゴンマトリックスにベンゼンイオンを打ち込みながら、更にアルゴン層で覆うことを繰り返した結果、アルゴン中にイオンを閉じ込めることに成功したが、(π→π)および(π→π^*)電子スペクトルの観測から、ベンゼンカチオンはアルゴン原子集団を大きく分極させ、カチオンのまわりに不均一な誘電場を発生していることが明らかになった。そこで、結晶場の中にカチオンを閉じ込める試みを行った。ベンゼン自身の結晶中にベンゼンカチオンを埋め込むことによって高密度に陽電荷を閉じ込められないかという期待があった。実際、420nmから始まる新しい吸収帯を観測したが、透明な結晶の成長が極めて難しい状況で、多くの苦労を伴った。陽電荷のみが集積すると、突然のクローン爆発によって試料の一部が剥がれてしまった。そこで、真空容器中の真空度測定管のフィラメントを入れたまま真空容器内に陽電荷や陰電荷を発生させ、自然に陰イオンを蒸着させるようにした。 一方、クラスター内での陽電荷のホッピングを赤外光励起によって誘起する実験を行ったところ、陽イオンのC-H伸縮振動励起に伴って、陽電荷が確かにホッピングによって高速に飛び回っていることが証明された。また、C-H伸縮振動バンドの均一線幅はサイトによって異なるが、100-150フェムト秒の時間スケールで緩和が起こっていることを示しており、この早い緩和が分子間振動とカップルした荷電-電子相互作用によっている可能性が高い。
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