本研究では細胞内共生と生物の多様性の関係を、光合成器官の起源と獲得に焦点を絞り、比較細胞学的手法と分子系統学的手法を用いて解析することを目的として実施した。本研究では2つのカテゴリーを設定して攻究した。第一は既に報告された種々の光合成生物の細胞内共生の情報と本研究で得た成果に基づいて、複合葉緑体の成立とそれ持つ生物の進化的意義と多様化の過程を細胞の微細構造に着目して研究を進めた。第2はクリプト藻類と同じく、進化共生体(evolutionary chimera)と呼ばれ、葉緑体の起源となる真核光合成生物の核の名残りがヌクレオモルフ(nucleomorph)として保有しているクロララクニオン植物を対象として、この植物の宿主と細胞内共生した共生体の起源生物を18SrRNA、rbcLあるいはEF-Tu遺伝子の塩基配列、あるいはアミノ酸配列の相同性に基づいた分子系統学的な推定を実施した。 第1のカテゴリーでの成果は、生物種の多様性に及ぼす細胞内共生の影響を、宿主と共生体の組合せの多様性、細胞内共生後に起こる細胞構造と遺伝支配の統合の度合いによる多様性、進化過程で生じた細胞内共生の回数による多様性に分けて検討した。第2のカテゴリーではクロララクニオン植物の葉緑体の光合成色素組成がプラシノ藻のそれと酷似していることから、その起源はプラシノ藻ではないかとの推察があり、そのことを念頭に置き、各種遺伝子に基づく分子系統樹を構築・検討した。クロララクニオン植物の葉緑体EF-Tuはプラシノ藻ではなく、アオサ藻綱のハネモと姉妹群を形成すること、プラシノ藻の葉緑体EF-Tuはミドリムシ植物と姉妹群を形成することが判明した。一方、宿主の起源生物は18SrRNA遺伝子による分子系統解析で、原生動物のeuglyphinidsやcercomonadsと姉妹群を形成した。従って、この植物はeuglyphinidsやcercomonadsと近縁の原生動物を宿主とし、そこにハネモと近縁のアオサ藻綱に近縁な真核光合成生物が細胞内共生して成立したことを明らかにした。
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