申請者らは、今日まで行われてきた遅れ破壊強度の実験的評価が、鋭い切欠きを持つ試験片を用いて粒界亀裂形成の難易のみを論じ、それらを基に、水素環境下の材料の強度設計の基本方針を論ずることに、疑問を持ち、力学的応力集中を持たない平滑材を用いた実験解析から、遅れ破壊の重要な亀裂進展・生成過程が粒界亀裂の生成だけにあるのではなく、粒界亀裂生成に先立つ擬劈開割れの生成・進展が引き金となって、粒界亀裂を誘起しそれと同時に急速破壊が生じ破断に至ると言う事を明らかにしてきた。そこで本研究では、遅れ破壊に於ける粒界亀裂の生成について平滑材と切欠材の亀裂進展過程の比較から同亀裂形成をもたらす要因についての実験的解析を進め、水素に起因する高強度鋼材の破壊の防止の指針を明らかにする事を試みた。以下に得られた成果の要点を述べる。 新たに強度レベルを三段階に変化させた二種類の高強度鋼を用いて、陰極電流密度を10A/m^2から1000A/m^2まで変化させた水素添加条件下で遅れ破壊試験を行った結果、粒界割れは例外なく、擬劈開割れを伴い形成される事が確められた。さらに、平滑材に疲労亀裂を導入することにより人工的に擬劈開割れと同等の役割を持たせた試験片を準備し、それを用いた遅れ破壊亀裂の実験解析から、この場合にも粒界破壊は擬劈開割れを伴うことなく、疲労亀裂先端から形成されることが分かった。この事実は粒界亀裂の生成・進展はある種の力学的応力集中下において初めて形成される事を意味している。上述の擬劈開割れは材料内部に形成されることから、AE解析装置を用いて同割れが、いかなる時点に形成されるのかを探った。現在この点に関する実験結果の蓄積を行っている。
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