π共役系の化合物を配位子として金属に結合させることにより、有機遷移金属化合物を大きなπ電子系の広がりをもつ化合物に誘導することが可能である。さらに、中心の遷移金属が、広範囲の原子価状態の間を容易に変動できることから、π電子系の他端に電子吸引性または電子供与性の置換基を導入すると共鳴効果によってその電子的影響を中心金属が受容し、結果として、大きく分極した構造の分子を構築することが可能となり、ひいては分子超分極率の大きな分子が得られることが期待される。本研究では、我々がこれまで長年続けてきた、モリブデンおよびタングステンの各種の有機金属錯体の合成ならびに反応性に関する研究の成果を駆使して、他の方法では合成が困難な新規有機金属化合物、とりわけπ共役系を分子内に備えた配位子が中心金属に結合した錯体を種々合成して、それらのスペクトルによるキャラクタリゼーションに併せて、X線構造解析によりその分子の特性付けを行うこととした。このような意図のもとに、本研究では主としてつぎに示す3通りの研究計画をたて、3年間にわたり研究を遂行した。得られた新規錯体のうちのいくつかについては、ソルバトクロミズムの評価や、二次非線形光学効果の尺度となるSHG特性などの測定を行った。(1)テトラヒドリドモリブデン錯体を出発とする高度分極型遷移金属錯体の合成と物性評価。(2)パラ置換フェノキソ配位子を持つモリブデノセン誘導体の合成と物性評価。(3)二つのシクロペンタジエニル環にそれぞれ電子供与基と電子受容基を導入したフェロセン誘導体の合成と物性評価。本研究で得られた成果は、この段階では必ずしもこのまま機能材料として使用できるものではないが、遷移金属とπ共役系配位子との関わりについての基礎的な知見が得られており、有機金属化学の分野のみならず機能材料化学の分野にも資するところが大きいものと考える。
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